浄土宗 浄土宗暦 今月の言葉
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2002年 1月


 わたしたち日本人の宗教行動を、外国の人がみると、とても不思議に感じるそうです。
 なぜなら、たとえば、仏教を信仰していると言いながら、日常に神道やキリスト教の行事を、ごく自然に受け入れているからだそうです。良いか悪いかは別にして、これが現実の日本人の特徴です。
 このような宗教観ですから、宗教においての争いごとがなく、嬉しいことであると思いますが、浄土宗を広める者の一人としては、どことなく己の力不足を感じ、反省させられる点でもあります。
 ある仏壇店のコマーシャルを見て、これはすばらしいと感心したものがありましたので、その内容をご紹介いたします。
 小学生の男の子が、野球用具を持って遊びに出かけようと、仏間の前を通りかかると、お仏壇にバナナがお供えしてあるのに気づき、その子供はバナナを食べるために、「おじいちゃん、ごめん」と言い、仏壇の前に正座し、合掌をして、バナナを持って去っていくというものです。
 その子供の行動を見て、亡くなったおじいさんに、とても可愛がられていたこと、おじいさんが亡くなった後も、家族によって故人(先祖)の供養について教えられていること、家庭が和やかな雰囲気に包まれていることなどが、よく伝わってきました。
 これは、コマーシャルであり、もちろん過剰な表現をしているかもしれませんが、でもこれは本来あるべき姿ではないかと痛感いたしました。
 また、私の地域では、小学生たちが地区ごとに集団登校いたします。その通学路に寺院がありますが、その前でひとりの児童が毎日合掌していくそうです。
 子供の行動は日々の生活の中で身についたものが、自然な姿としてあらわれます。このような子供のいる家庭では、家族のみなが、み仏の光を浴びながら、感謝の気持ちでお念仏の生活をしていることがうかがわれます。
 寺院にお参りされたり、行事に参加されるのは、どうしてもご年配の方が多いようですが、ぜひ、お孫さんと一緒にお参りしていただき、子供たちの心にみ仏の光を植え付けてもらいたいと思います。また、大人たちが子供たちに小さな実践、お仏壇の前で手を合わせる、到来物は、まず仏壇に供えるなどの手本を示せば、子供たちは自然とみ仏の光を感じることになるでしょう。

(島根県加茂町・隆法寺 中島空幹)
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