浄土宗 浄土宗暦 今月の言葉
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2004年 1月


 地球上に生命が誕生して数10億年という時を経て、しかも途切れる事の無い命の繋(つな)がりをいただいて、今のこの世に生をうけて存在するのが私たちです。これを思うと、なんと不思議な、また尊い事でありましょう。「人の命は地球より重い」といいますが、これは人間に限ったことでなく、あらゆる生命に共通のことでしょう。
 仏教では、食事をする際に必ずしなけらばならない作法があります。これを「食作法(じきさほう)」といいますが、これは食事の前後に、その食べ物の命をいただくことに対する感謝を述べる作法なのです。これを最も簡略化した言葉が「いただきます」「ごちそうさま」であり、どんな生命でも尊い大切なものであることを噛みしめなければならないのです。
 また、尊いのは繋がりがあるからだけではありません。それは、命には新しい命の予備がないからなのです。おもちゃなど電池で動くものは、たとえ電池切れでも新しいものと入れ替えれば済みます。しかし、個々の命は決して他の命に取って代わることができないのです。だからこそ、自分の命も、他の命も共に大切なのです。
 田中木叉という方の歌に「白は白、黄は黄のままに 野の小菊 とりかえられぬ 尊さを咲く」とあります。白い小菊も黄色い小菊も、ともに与えられたそれぞれの命を精一杯生きて、私たちの目を楽しませてくれる、何と尊いことでしょう。
 命の尊さに気づけば、自然と一日の暮らし方もかわってまいります。今日のこの日は今日だけでなく、数億年があっての今日であり、また未来へと続いて行く今日なのです。だからこそ、今日のこの一日を「大切に生きる」ということが重要なのです。これは「今が楽しければそれでいい」という若者にありがちな、刹那的な考えではなく、とてつもない長い時間を経ての、またとない今日であると感謝し、それに恥じないよう自分のできうる精一杯のことをして、大切に生きるということなのです。
今日はきょう 及ぶ限りのことをして 明日の憂いは 明日ぞうれえん

(大阪市北区・源光寺 藤野立徳)
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