法然上人の足跡
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■法然上人の足跡

法然上人13歳の時、比叡の山にたどり着き、源光上人のもとで、2年間弟子としてみっちり勉強をしたが、勢至丸の非凡な才能を見た源光上人は「名門の出身で学問もあり、修行もつんだ師につけなくてはなるまい」と考え、東塔の功徳院(くどくいん=現在の法然堂)、肥後阿闍梨皇円(ひごのあじゃりこうえん)のもとに預けることにした。
久安3年(1147)4月8日、勢至丸15歳の時であった。
皇円阿闍梨は非常に喜び、早速自分の弟子として指導することになった。その年の11月、勢至丸は、髪を剃り、戒壇院で戒を受け、真実の仏教生活に入った。 戒を受けるということは、一人前の僧になるということである。
勢至丸は、一刻も早く本当の仏教を学び、立身出世のためではなく、本当の修行をせねばならぬと考え、師にそのことを打ち明けた。師はその意志を聞いて、「あなたの考えは正しい。しかし先を急がずに仏教の基本をしっかりと身につけてから、あなたの道を進みなさい」と諭した。
勢至丸ははやる心を押さえ、3年間、師のもとで勉強と修行に励んだ。 勢至丸のすばらしい頭脳と真剣な勉学に感心した師は、「叡山第一の学者になるのも遠い将来ではないだろう。そして天台の座主(ざす)になることを目指すべき」と励ました。
しかし勢至丸は、「一番尊敬するお師匠様でさえこのような事を仰せられる。出家の目的は立身出世ではないはずなのに、この比叡山の地も立身出世の場でしかない。父の遺言どおり、早く名利の世界を離れなくてはならない。」と決意し、皇円阿闍梨のもとを去った。
久安6年(1150)、勢至丸18歳の時であった。