法然上人の足跡
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■法然上人の足跡

皇円阿闍梨の元を去った勢至丸(法然上人)は、黒谷の叡空上人をたずねた。
黒谷は谷深く静かな場所で、立身出世を求めず、自由に真剣に道を求める修行の場であり、叡空上人は出世をしようと思えばできるのにもかかわらず、それを求めずにここで修行に専念しておられた。そのような叡空上人のお人柄に引かれたのである。叡空上人は勢至丸を快く迎え入れ、今までにいたる経過をお聞きになられた後、「あなたの亡き父とみ仏という大きな力の導きにより、あなたはほんとうの仏道を求めて修行しようしている。だから、あなたの名前を法然房としなさい。そして最初のお師匠であった源光上人の源の字と、私叡空の空の字をとって源空と名乗るといいでしょう」といわれ、法然房源空となづけられたのであった。
法然はよい環境と立派な師匠のもとで、心を落ち着けて真剣に道を求めることができたのである。
黒谷というところは、気候的には夏は蒸し暑く、冬はことのほか寒さ厳しいところであったが、法然にとっては全く問題とならなかった。叡空上人の教えを聴き、ときには質問し、意見を述べまた討議をすることもできる何よりの環境であった。
また、黒谷には、報恩蔵(ほうおんぞう:今日でいう図書館)があり、法然はそこにこもって5048巻に上る一切経(お釈迦様がお説きになった仏教の経典を集めたもの)を繰り返し読破された。

黒谷の充実した修行について法然は、「どんな難解な経典も、三回繰り返して読めば、その文章も意味も暗記できるようだった」と語っている。

その期間はあっというまに過ぎて、6年の月日が流れていた。