法然上人の足跡
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源空寺
法然上人の足跡
治承元年(1176) 法然上人が比叡山で御修学の際、天台三部六十巻を学ばれた時の師範である皇円阿闍利をしのばれて、遠州桜ヶ池を往復の際に、当山に御寄宿在し、念仏を広められたといわれています。

寺院暦
当寺は吉水山法然院源空寺と号し、寛弘元年の頃念仏弘通の大先達「往生要集」を著した浄土教の祖、恵心僧都源信が、天照大神の霊告を豪伊勢大神宮御霊宝珠石を勧請し祭り、鎮守して恵心庵を創建したことにより開山となる。
当寺は恵心僧都の御奮跡として、真体者宝珠本地弥陀の黄金仏を宮中に納め、末世念仏の基を残し、松樹を植え、碑を立て、太神松と切付、末代念仏瑞相の霊場となる。その太神松は、「源空寺の太神松」として人々に親しまれ、戦火により焼失した後は、「恵心植え」という石碑が残る。