法然上人の足跡
ライン
浄土宗 ≫ 法然上人とは ≫ 法然上人の足跡 ≫ 法幢山 樹敬寺
ライン
樹敬寺
法然上人の足跡
当寺は法然上人が伊勢神宮に参拝の際、松ヶ島に堂塔伽藍を建立し不断念仏院と称された。


寺院暦
当寺は、法幢山樹敬寺と号し、入栄遊学のおり法然上人から雛形を授けられた御像を肌身離さず、諸国巡錫に奉持されており、治承4四年(1180)法然上人推挙により、大仏殿復興大勧進職を拝命をうけ、伊勢神宮参龍日輪御名号の縁にならい、太神宮に三十七日間祈願し、方寸の玉を授けられ大勧進巡錫をされ大仏殿落慶供養されました。この功徳をもって国中に七ヶ所の念仏同所を建立し、当寺もその中の一つである。

正長元年(1428)兵火により灰燼となり、三河大樹寺の敬誉上人が旧跡不断念仏院の荒廃を嘆き、弟子昇誉と共に復興し、享禄元年(1528)落成し、その徳を慕われ当寺の寺号が樹敬寺となったのである。
当寺は、重源上人護符の「円光大師御直作雛型の御影」と伊勢太神参拝の折、大仏の御頭の鋳造の「土玉」が安置されており、境内には国学者本居宣長、春庭翁の墓、並びに本居家歴代の墓所がある。