法然上人の足跡
ライン
浄土宗 ≫ 法然上人とは ≫ 法然上人の足跡 ≫ 法然寺
ライン
法然寺 法然寺
〒634-0022
奈良県橿原市南浦町908
TEL 0744-22-3767
法然上人の足跡
法然上人は南都遊学に際し後鳥羽天皇の建久2年(1191)春、聖徳太子の御生誕の地である橘寺を御参詣し、その帰路に少林院(現在の法然寺)にお立寄りになり、その地で念仏往生を説き、村人を御化導された。

寺 暦
法然寺法然寺は香久山の南端にあることから、香久山少林院法然寺と称する。
付近一帯は昔、飛鳥朝のあった所であることから至る所に万葉の古跡が多数あり、法然寺の周囲1km以内では、聖徳太子建立の大官大寺跡、日向寺、久米皇子の久米寺、紀寺跡、善光寺如来の豊浦寺などがある。
その当時、法然寺がどのような寺院であったのかという記録はさだかではないが、当時は少林院という紀寺関係の仏堂であったと伝えられている。
法然寺寺伝によると、建久2年(1191)春に、法然上人がこの寺で村人を御化導されてから337年後の後奈良天皇の大永8年(1528)夏、歓蓮社保誉源派上人(知恩院第26代御門跡)が夢の中において法然上人より「香久山の麓の寺はせまけれど、高きみのりを説きて弘めむ」との歌を賜ったことからこの法然寺に御隠栖になり、寺号を法然寺と改めたと記されている。