浄土宗の活動


関係団体リンク

  • 浄土宗ネットワーク
  • 浄土宗出版
  • 浄土宗総合研究所
  • 公益財団法人浄土宗ともいき財団
  • 浄土宗教学院
  • 全国浄土宗青年会
  • 浄土宗スカウト連合協議会
  • 法然上人をたたえる会
  • 浄土宗平和協会
  • その他 関係団体
  • その他 関係団体

  1. 浄土宗トップページ >
  2. 浄土宗の活動   浄土宗の法話 >
  3. 浄土宗の法話【2013年6月1日】

浄土宗の法話【2013年6月1日】

I was born to 念仏

   梅雨の終わりころ、里山にはクヌギの樹液を求めてカブト虫やクワガタ、タテハ蝶などが集まってきます。生命力あふれるこの時期の里山は虫好き少年たちのワンダーランドです。

   昆虫少年だった私には、そんな里山のほろ苦い思い出があります。6年生の夏、一頭のオオムラサキのメスを捕まえました。派手な紫色が特徴的なオスに較べてメスは地味ですが、国蝶に指定されるだけあって大型で凛としたその美しい姿はさすがでした。嬉しくてたまらず急いで帰宅し、標本にするため何のためらいもなく背中にピンを刺して展翅板(てんしばん)に翅を固定したのです。  

   その翌日、展翅板(てんしばん)を見るとそこには動かなくなった蝶の姿とともに、数個の卵が産み付けられていました。最後の力を振り絞って産卵したのでしょう。驚きとともに、子供心にとんでもないことをしてしまったという痛みを感じたことを憶えています。自らの命がまさに絶えなんとする刹那にも、次世代の命を遺していこうとする母親としての執念。その迫力に私は圧倒されてしまいました。その後、卵は孵化したものの当時の私には成長させることはできず、標本作りもそれ以来ぴたりとやめてしまいました。小さな命が生命の尊厳を教えてくれた事件でした。

   高校生になったとき、私のそのときの思いをそのまま表現してくれる詩に出会いました。吉野弘さんの「I was born」という散文詩です。字数の制約で全文をご紹介できませんが、有名な作品ですからネットで検索すればすぐに見つかりますので是非読んでみてください。

   父親と散歩中に妊婦とすれ違った子供時代の「僕」は、生まれるという英語が受身形で表現されることをふと了解し、父親にそのことを話します。

   ― I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね ―

   それを聞いた父親はしばらく考えた後、蜉蝣(かげろう)の卵の話をし、母親が「僕」の出産後に亡くなったことを告げる…。

   ― ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体 ―

   次の世代に命をつなぐという営みには、いったいどれだけの苦しみや犠牲が払われ、それ故にどれだけの希望と願いが託されているのかが、淡々とした言葉から伝わってきます。生老病死の四苦のうち本人の自覚の薄い「生苦」は、ともすれば見過ごされがちですが、この世に「生まれさせていただいた」この命がどれ程の重みと苦しみを伴っているのか、今一度しっかりと受け止めなければなりません。せめて自分の誕生日には、周囲から祝福を受けるだけでなく、母親が自分のために苦しみ、命を賭けて産んでくださった日として感謝を捧げたいものです。そして母親いればこそ、今この私がお念仏のみ教えに会うことができるのです。お念仏を申すことができる人の身を頂戴したからには、お念仏を申すことが一番の報恩行ではないでしょうか。共々にお念仏に精進いたしましょう。

合掌

愛媛教区 栄養寺 髙橋 宏文