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浄土宗の法話【2013年9月15日】

人生の意義

   ふと、振り返ってみると、自分の人生は何であったかを思い巡らすことがあります。

   むかし一人の王様がおりました。年をとったある日「人生とはなにか」という疑問をいだき、国中の学者たちを集めて研究するよう命じます。学者たちは、十年の歳月をかけてラクダ七頭分の書物を王様の前に持ってきます。膨大な量の書物を前にした王様は、読む気力がなくなり「もっと簡単に」と再度命じます。五年後、一頭分にまとめた書物を前に視力が弱った王様は「かいつまんで要点を大きな文字で」と更に命じます。三年後、一冊にまとめられた本を手にした王様は、瀕死の病の床にありました。「わしにはその一冊の本を読み終える時間がない」と告げ、一言で教えるように学者たちに求めます。やがて一人の学者が「ではお答えいたします。人生とは、齢をとり、病にかかり、死にいくものであります」と伝えます。その言葉を聞いた王様は、時の流れとともに自身の実感として納得すると、小さくうなずいて息絶えてしまいます。これは、学生時代の英語の時間に翻訳をさせられた物語であります。

   「人生とはなにか」については、人それぞれにいろいろの表現がありましょうが、総じていえば、生まれた以上、誰もが通らねばならぬ道筋である、この一言につきるのではないでしょうか。

   仏教ではこれを「生・老・病・死」と表現し、これらは皆、苦しみである「四苦」と説かれます。もちろん、人生には喜びや楽しみも数多くありますが、苦しみのない人生はありません。自分自身の欲望や怒り、腹立ち、愚かな考えが苦い思い出をつくっています。

   人生を考えるとき、ともすれば死を終着点ととらえ、命あるときのみに目をむけて日暮らしを送りがちであります。けれども、この世での命の終わりをもってすべてとすれば、なんとはかなく、むなしいことでしょうか。命の終わった後は、二度と迷いや苦しみ、煩いのない真実の世界に往き生まれることが出来ると願い、そのために日々に信仰を持った生活を送っていく。このことこそ人生にとって大いなる意義となるものでありましょう。

北海道 礼文島 天龍寺 松岡玄龍