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浄土宗の法話【2016年6月15日】

極楽浄土をめざして

露の身はここかしこにて消えぬとも心は同じ華のうてな
(草葉の朝露のように消えゆく人の命というのははかないものであります。互いの身がいつ、どこで、どちらが先に果てようとも、南無阿弥陀仏とお念仏を申す私達は極楽浄土の蓮の台でまた再会することができる。このことを忘れてはいけませんよ。)

 このお歌は法然上人が75歳でご流罪になられるときに、九条兼實公に対して詠まれた歌であります。九条兼實公は日頃から法然上人のことを念佛の教えの師として、また人生の師として尊敬され、お慕い申し上げていらっしゃいました。しかしそんな大切な法然上人にご流罪の命がくだり、今生の別れになることを察した九条兼實公は深く嘆き悲しまれたのです。そんな九条兼實公に対して、法然上人が詠まれたのがこのお歌です。
 法然上人は、「お念佛の教えをいただくものにとって永遠の別れというものはない。いずれ極楽浄土へ往生させて頂いて、そこで再会できるという間違いない希望がある。その希望をいついかなるときも忘れてはいけませんよ」ということを、このお歌を通して教え諭されたのです。

 人生というのは、年齢を重ねるごとに先細りしていくようなものであるといわれます。
 50代よりは60代、60代よりは70代、70代よりは80代、80代よりは90代というように、年齢を重ねるごとに身体的な衰えというものが必ずやってくるものです。徐々に足腰も弱くなり、眼も見えづらくなり、耳も聞こえづらくなり、物覚えも悪くなってくる・・・
 そしてまたこのような身体的な衰えに伴って、精神的にも年齢を重ねるごとに自信を無くし弱ってくるものだと思われます。
 そして、長生きをすれば、自分の大切な方とお別れをしてゆかなければいけないご縁も、当然多く出逢ってゆかなければいけない。愛する夫、妻、友人、場合によっては逆さまごとにも出逢ってゆかなければいけない方もいらっしゃるでしょう。長生きをするとただそれだけで、めでたいことであるかのようなイメージをもってしまいますが、長生きされていらっしゃる当のご本人はこの先細りしていく人生の寂しさ、苦しみというのを受け止めてゆかなければいけません。
 このように私達の人生というのは、どうあがいても先細りしていくものです。ですがその先細りしていく人生が終わった向こう側に、極楽浄土という明るい希望の世界が待っているんだということをしっかりと胸に受け止めることができたならば、自分の人生を極楽浄土という希望に向かって力強く生きぬいていく大きな力に変わってゆくのではないでしょうか。
 ですので法然上人は、この世でたとえどんなつらいことがあっても、たとえどんな悲しい別れがあっても、お念佛を申す私達には極楽浄土という希望が待っている。その希望を忘れるような生き方だけはしてはいけないということを私たちにお示しくださったのであります。
別れても 極楽浄土の 希望あり
 法然上人の教えをしっかり胸に抱き、お互い先細りしていく人生を念仏申して力強く生きていきたいものであります。

合掌

奈良教区 第七組 永福寺 坊城 慶史