
| 幼名 | ![]() |
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|---|---|---|
| 本籍 | 岡山県 | |
| 住所 | 〒605-0062 山城国東山吉水(京都市東山区林下町400)総本山知恩院 電話 (075)531-2111 山城国東山吉水(京都市東山区林下町400-8)宗教法人「浄土宗」 総長公室 ホームページ係 電話 (075)525-2200 |
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| 年 | 月 | 学歴・職歴(各別にまとめて書く) |
|---|---|---|
| 長承2年(1133) | 4 | 父漆間時国 母秦氏、美作国久米南条稲岡庄に生まれる |
| 保延7年(1141) | 父 漆間時国明石定明の夜襲により没 出家 9才 |
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| 天養2年(1145) | 比叡山に登る13才 | |
| 久安3年(1147) | 西塔北谷の持宝房源光について受学し戒壇院で戒をさずかり出家 15歳 | |
| 久安6年(1150) | 西塔黒谷の慈眼房叡空に師事 | |
| 持宝房源光の源と慈眼房叡空の空をとって、法然房源空と改名 18才 | ||
| 承安5年(1175) | 3 | 阿弥陀仏の本願の真意感得 浄土宗を開く 43才 |
| 文治2年(1186) | 秋 | 南都北嶺の僧達と洛北大原勝林院にて問答 大原談義 54才 |
| 建久9年(1198) | 春 | 選択本願念仏集1巻著わす 66才 |
| 建永2年(1207) | 四国に配流 | |
| 建暦元年(1211) | 京都に召還 | |
| 建暦2年(1212) | 1 | 一枚起請文著わす |
| 没 80才 |
阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ「南無阿弥陀仏」とみ名を称えて、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、往生(西方極楽浄土に生まれること)を願う信仰です。
美作国久米南条稲岡庄(岡山県久米郡久米南町808)
地方豪族・押領使