
京都・東山「吉水の庵」。浄土宗を開いた法然上人が、念仏往生の教えを人々に広めるために結んだ庵。法然上人のここでの布教活動は、流罪となった晩年の数年間を除き、開宗の43歳から80歳で生涯を閉じるまでの長きにわたり、浄土宗の中心地となっていました。現在の総本山知恩院がここに建てられました。
ここには、多くの人々が法然上人を慕って集まってきました。教えを聞きにきた僧、さまざまな悩みをかかえた庶民、戦乱にあけくれて地獄行きを覚悟した武者たち・・・。庶民や女性、殺生をした者には救いの道がないとされていた当時の仏教。そんななかで、だれもが平等に救われるという法然上人の念仏往生の教えは人々に光明を与えました。
そうした人々の中から、出家をして法然上人の教えをうける多くのお弟子たちが生まれました。法然上人亡き後の浄土宗を支え、全国津々浦々にまでお念仏の教えを広めたお弟子もいれば、師に先立って亡くなったお弟子もいます。また、名前しか知られていないお弟子も多くいます。
その中から主だったお弟子たちと法然上人との関係を紹介しましょう。
現代に生きる私たちに連綿と伝わる念仏の教え、その礎を築いたお弟子たちの横顔です。
(お弟子たちの敬称は略しました)
法然上人をとりまくお弟子や、帰依した人たちを紹介。
戦乱の世にもがき苦しむ人々に、法然上人の平等に、やさしい救いの手は、どれほど頼もしく、生きる勇気を与えたことでしょう。
今回紹介した人々の他にも、上人の庵に集った人々、四国流罪の折に出会った人々など、数限りない出会いがあった。その1つひとつ、1人ひとりとの縁が法然上人にとって大切な出会いだったのです。
その出会いにより念仏は連綿と受け継がれ、現在では、日本全国津々浦々に、また、遠くアメリカ、ブラジル、オーストラリア、フランスにまで広がっています。
建暦2
以来800年、絶えることなく続いてきたこの教えを後の世にも伝えていってほしい。
あなたの家も法然上人の遺跡なのだから。