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貴族にもおよんだその教え

宜秋門院 (ぎしゅうもんいん)(1173-1238)(承安3-暦仁1)

諱は任子。九条(藤原)兼実の娘で、兼子といい、名は任子。建久元(1190)年正月、11日に後鳥羽天皇の皇后として入内した。(中宮となった)

兼実の勧めもあってか、91年9月29日・96年3月法然上人から数回にわたり、戒を授かり、建久6(1195)年の昇子内親王の懐妊中にも、その安産を願って受戒、建仁元(1201)年10月、上人を戒師として出家している。

ところがその後、源通親の勢力伸張につれて、排斥をうけ内裏を出て八条院に退いた。1200年(正治2)6月28日、宜秋門院の院号を宣下された。法然と兼実一族をみる時、見逃せない人である。『玉葉』『明月記』『三長記』などから信仰の探かったこと知られる。

(浄土宗新聞平成12年11・12月号記載より)