
法然上人に帰依した在俗の弟子。鎌倉初期の武士で、『法然上人行状絵図』には武蔵国の御家人とある。
法然上人に深く帰依し、京都祇園の北に草庵を結び、堅く法然の教えを守り、もっぱら口称念仏を行じていた。
報恩感謝の気持ちをあらわそうと、法然上人の真影像を刻んだところ、その気持ちを喜んで法然上人みずからが開眼の供養をした。
その真影の出来ばえは見事で、上人の生前の姿そのままだといわれた。現在、知恩院御影堂に安置されている木像がこれであると伝えられている。
(浄土宗新聞平成12年11・12月号記載より)