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法然上人のそばに仕えた弟子たち

法蓮房信空(ほうれんぼうしんくう)(1146-1228)(久安2-安貞2)

法然上人の事実上の後継者として残された教団を統卒し、浄土宗の基礎を固めた人。 法蓮房という。別名称弁。晩年白川に住したことから白川上人とも呼ばれた。葉室顕 時の孫、行隆の子。

12歳の時、法然上人の師であった比叡山黒谷の叡空の室に入って得度出家、法然上人 と法兄弟となった。叡空の滅後は法然上人に師事し、浄土教を学んだ。以後門下の長 老として常随し、専修念仏の摂取につとめた。入室の弟子として上人の臨終にも近侍 している。法兄弟の時代から、じつに55年もの間を共にしていたということになる。

また、1204年(元久1)法然上人は天台宗の念仏弾圧に対する『七箇条起請文』を示 し、門下を戒めるが、信空はその執筆役を務め、法然上人に次いで、門下としては一 番最初に署名をしている。

法然流罪後は事実上の後継者として残された教団を維持した。その後、法然の依頼で 勝尾寺へ寄進の式服を調製したり、病中つねに侍座し、遺跡、滅後中陰の指図を行な うなど、よくつとめた。叡空と法然から円頓戒をうけて戒師の地位を継承し、多くの 人に相伝したことは、『高山寺本戒脈』や『青蓮院本戒脈』『浄華院戒脈』などに よって知られる。『没後制誡』によれば、祖父顕時が叡空に寄進した中山(黒谷光明 寺の地)の別邸は法然に譲られ、のち法然は信空に譲っている。寝殿造の白川禅房(二 階房)がこれである。門下に信瑞・明禅がおり。白川禅房内松林房において寂した。 (九・九寂)

(浄土宗新聞平成12年11・12月号記載浄土宗大辞典より)