
承(聖・正とも)如房(承如法の宛字)。
後白河天皇の第3皇女式子内親王のことで、正女房36歌仙の1人。
法然上人とは長年の親交があったとみえ、式子の臨終に際して、往生の安心を説いた法然上人の書状が残っている。
そこには「ご体調がすぐれないとのことで、お招きの通り参上すればよいとも思いましたが、お会いすれば、臨終の善知識になるどころか、亡骸に執着する心の迷いがでてしまいかねません。ついては、この世での対面 よりも、お念仏をお励みになって、浄土で待とうとお考えください」と綴っている。 また、式子には、百人一首の中に、 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする(私の命よ、絶えるのならば絶えておくれ、これ以上は忍ぶる気持ちも弱まってしまうから) という歌があり、式子の忍ぶる恋の相手が取り沙汰された。 藤原定家という説もあったが、先の書状などから、その相手は法然上人ではなかったか、と見るむきもある。 橘兼仲らの妖言に関係して危く洛外追放になるところを辛うじてのがれた。のち病をえて法然上人に往生の要義をたずねたので、法然は懇切な消息を送った。内親王はまた和歌にすぐれた才があった。
参考『本朝皇胤紹運録』『賀茂斎院記』『愚管抄』6、『明月記』『和語燈録』4、『西方指南抄』下本、『勅伝』19、『絵入式子内親王集』、岸信宏「聖如房に就て」(仏教文化研究5)。浄土宗新聞平成12年11・12月号