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その他の弟子たち

正信房(聖信房)湛空(たんくう)

1176-1253(安元2-建長5)。法然上人常随の弟子。京都に生まれる。左大臣徳大寺実能の孫、円実の子。はじめ比叡山にのぼり、天台座主六六世実全(1141-1221)の弟子となって顕密二教を学び、のち浄土教に帰依して法然の弟子となった。常随中、法然の奇瑞を見ていよいよ信を深めた。法然およびその高弟信空から円頓戒を相伝した。『勅伝』23には法然流罪のとき、かれは四国まで随侍したと伝える。のち嵯峨二尊院に住し、その流れは嵯峨門徒とよばれた。『七箇条起請文』に署名がないのが疑問視される。法然入滅中陰三七日(さんしちにち)に供養の施主となり、そののち1233年(貞永2)法然の遺骨をわかちうけて二尊院の墓地に宝塔を建てて納め、また33回忌には法然の伝記を整理して、『本朝祖師伝記絵詞』(もと伝法絵)4巻を著わした。また土御門・後嵯峨両院に授戒した。32年修明門院重子(後鳥羽院中宮)から法性寺若宮(順徳院の三宮)の菩提のために空海の飛行三鈷杵を賜ったが、老後これを高野山に返納した。師の滅後「空公行状碑」(二尊院墓地)が建てられ現存する。

(浄土宗大辞典より)