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通夜の心得

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息をひきとったからと、血族縁者にあわてふためいて通報する気持ちは当然でありますが、死者の枕許(まくらもと) や周辺を整理し、清楚(せいそ) にし、安らかに眠れる浄域としてから弔問(ちょうもん) をうける心づかいがなければなりません。

北枕(きたまくら) にすることが習わしになっているのは、お釈迦(しゃか) さまが入滅の時「頭北面西(ずほくめんさい) 」になられ、その寂静(じゃくじょう) (やすらぎ)にあやかるためであります。

枕経(まくらぎょう) (枕念仏という地方もある)をあげていただくことは常識になっていますが、息をひきとったらすぐあげていただくお経だと早合点して、夜中であろうと未明であろうと時間におかまいなく、菩提寺(ぼだいじ) のご住職に連絡するなどは考えものです。
死者の枕許で、この(ど) を去り、あの世に往生(おうじょう) するために読んでいただくお経で、枕経という特別なお経ではありません。その意味からも弔問をうけられるだけの態勢なり、環境を整えてお願いすることが、むしろ死者への礼儀でありましょう。ご住職が来られるまで、家族の者が香をたき、心静かに念仏申すだけの心構えが、まず大切です。

通夜(つや) ということは、仏堂に参籠(さんろう) (おこもり)して法義を語りあったことから、死者のそばで終夜(まも) る(夜伽(よとぎ) する)ことになったようです。この意味からしても、生前の思い出を通じ、死体をお護りしながら香を絶やすことなく、(しの) びあい、静かに語りあって最期の別れを惜しむべきであります。

当然弔問客が遺族を主体として「お(くや) み」にこられるわけでありますから、遺族の誰かが交代して応対すべきであります。もしかなえられない場合のことを考え、受付に記名簿を準備し、丁重に弔意をうける心づかいがなければなりません。

弔問やお通夜に参列する者は、遺族の悲しみを悲しみとして、心からのお悔みと、死者への最後のお別れの気持ちを伝えたら、時を得てきれいに去ることを心がけねばなりません。のんべんだらりの居坐りは禁物であります。

日本画の横山大観画伯は、奥さまが急性肺炎で亡くなられたとき「生きているあいだに、ひとことご苦労だったといって死なせたかった」と悔悟し、やがて白木(しらき)(ひつぎ)(ふた) に自ら絵筆をとって観音像をえがき、愛しい妻との今生(こんじょう) の別れとせられたということであります。

また詩人の松本伍一は、母の死にかけつけたときは、すでに納棺されていたので、和紙に「お母さま私を生んでくれてありがとうございました」と書き、新刊の詩集とともに冷たい母の手に握らせて「お別れ」をし、「これが私の母への葬儀であった」と書いています。

通夜の「しきたり」や「ありかた」は地方によってさまざまでありましょうが、大観や伍一の心境を心とすることこそが、通夜の心であり、また周囲の人々も遺族にこのような機会をできるだけ多く与えるように心がけるべきではなかろうかと考えます。

私はあるお通夜で、お茶一杯と、きれいな小箱をいただいて帰ったことがあります。茶菓子代わりの気のきいた詰め合わせでした。あかぬけしているというのか、煩雑を廃し、心を配った一方途として、今も記憶に残っています。

酒やたきだしで騒ぐようなお通夜のあり方は、もう清算すべき時代だと思うからであります。