
現代生活といっても、それには老人の生活があり、中年の人の生活があり、さらに若い人たちの生活があって、それを一概にはいえませんが、共通していえることは、日常生活において必要とするものは、なんでも手に入れることが出来るようになった時代と言えます。それは衣食住とも共通して恵まれているというべきではないでしょうか。しかしながら反面、精神的には必ずしもそうとは言えない時代でもあります。物質的に恵まれながら、何か心にみたされないものがあるのではないか。それは心の問題とも宗教の問題ともいえるでしょう。
さて、ここで仏教徒の日常生活の規準とするものは何かといえば、仏法僧の三宝に帰依して生活することです。即ち仏に帰依して生活するとは、明るく生活することであり、法に帰依して生活するとは、正しく生活することであり、僧に帰依して生活するとは、仲よく生活することです。この三宝に帰依して生活するということは、浄土教的にいえば南無阿弥陀仏のお念仏を申しながら生活に励むことなのです。
法然上人は『十二問答』(禅勝房との問答)の中でそのことについて次のようにのべられています。
現世を過へきやうは、念仏の申されん
一所にて申されすは、修行して申へし。修行して申されすは、一所に住して申す可し、ひしりて申されすは、在家に成て申すへし。在家にて申されすは、遁世して申す可し、ひとり籠居て申されすは、同行と共に行して申すへし。
現代文にすると、
『現世の過ごし方は、念仏がいつでも称えられるような状態で過ごしなさい。念仏を申すのに妨げになる事があればそれをいとい捨てなさい。
一所で申すことができないならば、
一人で家にいて申されないならば、同行と共に申しなさい』