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みなさま、あけましておめでとうございます。
昨年は東日本大震災、福島県原発事故という未曾有の災害が発生し、多くの方が亡くなられ、そして、いまだ不自由な生活をおくられている方が大勢おられます。
お亡くなりになられた方々のご冥福と、一日も早い復興を切に願っております。
浄土宗でも、炊き出しや瓦礫の撤去など数多くの僧侶がボランティアとして活動し、私も現地に赴き法要を勤めさせていただきました。
大地震が発生した3月11日から5日ほどたった3月16日。原発事故の報道が不安をあおいでいるさなか、浄土宗の宗祖法然上人に対し天皇陛下より大師号「法爾大師」が加諡(かし)されました。浄土宗にとっては大きな活力を生むとても喜ばしいニュースでした。
大師号は諡名(おくりな)といわれ、もともと中国で王や宰相などの高貴な人の死後、生前の行いへの評価として贈られたことが始まりで、特に高徳な僧に対しては朝廷から賜る形で贈られた尊称が大師号です。日本でも最澄、空海、親鸞などの高僧に天皇陛下が贈っていますが、その中でも複数の大師号を贈られたのは法然上人と隠元禅師のお二人で、隠元禅師が2回、法然上人においては実に8つ目になる大師号です。
誠にありがたい限りですが、歴代の天皇陛下が8回にわたり讃えた法然上人の功績とは、どのようなことだったのでしょうか。
幼き法然上人は「仇を討つな、我が菩提を弔い自らの解脱を求めよ」との父君の遺言に従い、15歳から10年にわたり比叡山で学び、24歳の時「万人救済」の教えを求め、比叡山から下り、名僧をたずね歩きました。しかし法然上人の問いかけに、心ゆくまでの教えにめぐり会うことができず、重い足取りで比叡山のふもと黒谷の報恩蔵にとじこもって、お釈迦さまの説かれたすべての教えを、くりかえし、くりかえし読みかえす日々が17年にわたり続いたのでした。
法然上人43歳の承安五年 1175年 春3月。「一心にもっぱら弥陀の名号を念じる」の一文にあたり、ただ阿弥陀仏の名前をとなえ、慈悲にすがること。これこそが求めていた教えであると確信されました。まさにこれが、それまで一般庶民が縁を結ぶことが難しかった仏の教えを、より多くの人々の信仰へと大きく転換をした瞬間でした。これはまさに当時の仏教の革命ともいえるものです。
そしてこの転換が800年以上の永きにわたり、どれだけの多くの日本人に、仏さまとの縁を結び、不安を取り除いて心のやすらぎを与え、救ったことでしょうか。計り知れません。
無縁社会と言われ、閉塞感や孤独感が渦巻く今日の社会に、この法然上人のお念仏の教えを広め、人びとのご縁に満ちた平和な社会にすることが、今に求められていることであり、その心がまた、震災の復興につながっていくのではないでしょうか。
最後になりましたが、本年は天災地変なく、平安で穏やかな年であってほしいと切に願っております。