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4.高僧帰依の徳(7)

上田見宥師の教化資料を掲載していきます

◎上田見宥師により、十徳の該当場所を『勅修御伝』より抽出しています。
◎浄土宗発行の『浄土宗聖典 第六巻』のページ(P)・行(L)を参考に載せました。(編集者)

④高僧帰依の徳(7)
  • 『勅修御伝』16巻2段
    明遍僧都(1143~1224)
    明遍は、三論宗の碩学。少納言通憲(信西1106~1159)の子。
    明遍僧都が、法然上人所造の『選択集』を披覧して、この書のおもむき、いささか偏執なるところありと思い、寝られた夜の夢に
    「天王寺の西門に、病者数も知らず悩み伏せるを、一人の聖の、鉢に粥を入れて、匙をもちて病人の口ごとに入るるありけり。
    《誰人にかあらん》と問うに、傍らなる人答えて、
    《法然上人なり》と言うと見て覚めぬ。
    (明遍)僧都思わく
    《我『選択集』を偏執の文なりと思いつるを、戒めらるる夢なるべし。
    この(法然)上人は、機を知り、時を知りたる聖にておわしけり。
    病人の様は、はじめには、柑子・橘・梨・柿などの類を食すれど、後には、それも止まりぬれば、僅かに重湯をもちて、喉を潤すばかりに、命を支えたり。
    かく、この書に、一向に念仏をすすめられたる、これに違わず。
    五濁濫漫の世には、仏法の利益次第に減ず。
    この頃は、あまりに代くだりて、我等が有様、たとえば重病の者の如し。
    三論の柑子・橘も食われす、真言止観の梨・柿も食われねば、念仏三昧の重湯にて、生死を出ずべきなりけれ》
    とて、忽ちに顕密の諸行をさしおきて、念仏門にいり、その名を 空阿弥陀仏(注)とぞ、号せられける」

    P185・L11~P186・L8

    編集者(注)
    この明遍僧都を[有智の空阿(弥陀佛)]とし、自らを[無智の空阿]とする人が居ました。法然上人の像を首にかけて奉仕し、風鈴を極楽の音として楽しんだ人です。法然上 人滅後の[嘉禄の法難]では、薩摩に流されることになるのですが、出発の前日に寂します。すばらしい、空阿弥陀佛が、二人いたのですね。



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