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教化資料> 第一章 法然上人の十徳について>⑤選択本願の徳(7)

上田見宥師の教化資料を掲載していきます

◎上田見宥師により、法然上人の十徳を拝聴しています。

⑤選択本願の徳(7)

○念佛を得られた法然上人のその後 ―『選択集』撰述まで―

『選択集』第16章に
 「是(ここ)に於いて、貧道(僧が、自分をへりくだっていう語)、昔この典を披閲(ひえつ)して、ほぼ粗意を識(さと)り、立ちどころに余行を捨てて、ここに念佛に帰す。それよりこのかた、今日に至るまで、自行化他、ただ念佛を縡(こと)とす」

『浄土宗聖典』第三巻 P190・L6~8 原文 同 P90・L8~9

とあるが「是に於いて」とは、23年前の承安5年のことであり、

「この典」とは、『観経書疏』を指し
「立ちどころに余行を捨てる」とは、捨てるべきは、雑行(ぞうぎょう)として捨て、弥陀・釈迦・諸仏・善導の選択し給うところを、法然上人も選択されてのである。

『選択集』に述べられてある一宗の要義は、これが撰述された時に初めて、確固たる体系を持ったのではない。承安5年以来「今日に至るまで、自行化他、ただ念佛を縡(こと)とす」― つまり、自らも選択のお念佛に生かされ、他にもそのお念佛を説いて薦められたのである。


編集者(注):
上田見宥師の、ここでの主張は、裏返して読めば、もっと判りやすいようです。つまり、[浄土宗としての内容は、『選択集』以前に出来あがっている。『選択集』は、それを文字にしてまとめたものだ]ということですね。このことは、[開宗時期についての異論]を紹介したあと、展開されます。(次回になりますが)


○開宗時期について異論が

一時、法然上人開宗の時期を、承安5年ではなく、『選択集』撰述の頃と見た方が妥当であろうと言われた人がある。『選択集』という主著が成り、『三昧発得記(さんまい ほっとく き)』に示される宗教的体験がなされたこの頃は、確かに注目すべき時期である。


編集者(注):
[三昧]は[悟り]という意味です。ですから[三昧発得]というのは、[悟りを得た]と言う意味になります。この経験を法然上人ご自身が記され、源智上人に伝えられました。法然上人は、悟られたのです。鈴木正三が、古歌の「悟りとは 悟らで悟る 悟りなり 悟る悟りは 夢の悟りぞ」を引用し、「法然などの念佛往生も悟らぬ悟り也」と言った言葉が思い出されます。


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