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教化資料> 第一章 法然上人の十徳について>⑤選択本願の徳(28)

上田見宥師の教化資料を掲載していきます

◎上田見宥師により、法然上人の十徳を拝聴しています。

⑤選択本願の徳(28)

念仏の行者 必ず三心を具足すべきの文

引文『観無量壽経』・『観経疏』散善義・『往生礼讃』

私釈段=
「引くところの三心は これ行者の至要なり・・経には則ち具三心者必生彼国と云う」

『浄土宗聖典』第三巻 P152・L2~3(書き下し文)

編集者(注):
法然上人は、三心について、[三心を具(そな)わったものは、往生できる]という論法ですが、善導大師は、[三心の内、一つでも欠くと、往生できない]という逆説が、面白く感じました。

(1)至誠心の段で=
「もし それ内を翻じて 外に播(ほどこ)さば、また出要に足んぬべし」
=愚痴に還るということ

同 第三巻 P153・L1~2

編集者(注):
外面はイイのに、内面がダメという、調和を欠いた話です。法然上人は、[内面を改めて、外面に及び広めたならば、解脱に役立つでしょう]と述べられています。上田見宥師は、[愚痴に還る]ことだと表現されています。

(2) 深心の段で=
「生死の家には 疑いを以て 所止とし、涅槃の城には 信を以て能入とす・・またこの中に 一切の別解・別行・異学・異見等と云うは、これ聖道門の解行学見を指すなり。その余は 即ち これ淨土門の意なり」と。

同 第三巻 P153・L3~7

編集者(注):
「生死の家には 疑いを以て 所止とし、涅槃の城には 信を以て能入とす」は、名文ですね。
輪廻の家に止まるのは、[疑い]であって、悟りの城に入るのは、[信]だ。という意味でしょうか。
・・以下、読み飛ばしてしまいそうですが、[聖道門の他は淨土門]とされています。
仏教は、[聖道門]と[浄土門]の二つしか、ないのですね。もっとも、[聖道門]のひとは、自ら、[聖道門]とは言わないのでしょうが。


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