備忘録

中学生の時、QUEENというイギリスのロックバンドに夢中になりました。お小遣いをはたいて購入したベスト盤のCDとVHSビデオを大切に聴き、何度も見返したものです(個人的には「永遠の翼」のミュージックビデオがお気に入りでした!)。
国内盤の特典としてよく入っているアーティストの解説文(ライナーノーツ)を読むのが好きだったのですが、そのVHSに封入されていたものがとくに印象的でした。手元にないので、記憶をたどってみるとおおよそ次のような内容です。

「フレディ・マーキュリーの一周忌がやってくる。人間というのは不思議なもので、亡くなった当初はあんなに悲しみにくれていたのに、涙だけでは生きてはいけないのだ。お腹は空くし、眠くなるし、恋もしたくなる。人間はなんて冷たい生き物だろうと思うこともあるけれど、それは間違いで、悲しみや苦しみを糧にして生きることができるのだ。そして、そのことは必ずといってよいほど亡くなっていった人たちが教えてくれる」

まだ近親者を亡くした経験もなかったのですが、ひどく琴線にふれる言葉でした。人はどんなに悲しくとも生理現象や感情のうつり変わりは止められない。そうして少しずつ日常を取り戻して自身の人生を歩み出す、それが大切な人を悼みながら「生きてゆく」ということの肝所なのかもしれない。まだ僧侶を目指そうという覚悟がみじんも芽生えていなかった時分に考えさせられたことでした。

イタリアを代表する小説家のパオロ・ジョルダーノは、コロナ禍における母国の混乱のさなかに執筆したエッセイ集『コロナの時代の僕ら』のなかで、「忘れたくない物事のリスト」を作っていると書いています。「僕は忘れたくない」のリフレインが心を揺さぶる文章で、ここでその一節を紹介したいと思います。
こちら(外部サイト)のサイトから全文を読むことができます。

「僕は忘れたくない。ルールに服従した周囲の人々の姿を。そしてそれを見た時の自分の驚きを。病人のみならず、健康な者の世話までする人々の疲れを知らぬ献身を。そして夕方になると窓辺で歌い、彼らに対する自らの支持を示していた者たちを。(略)
僕は忘れたくない。結局ぎりぎりになっても僕が飛行機のチケットを一枚、キャンセルしなかったことを。どう考えてもその便には乗れないと明らかになっても、とにかく出発したい、その思いだけが理由であきらめられなかった、この自己中心的で愚鈍な自分を。(略)
僕は忘れたくない。パンデミックがやってきた時、僕らの大半は技術的に準備不足で、科学に疎かったことを。
僕は忘れたくない。家族をひとつにまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えていることもできず、先見の明もなかったことを。必要に迫られても、誰かを元気にするどころか、自分すらろくに励ませなかったことを」

(パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳『コロナの時代の僕ら』
「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」早川書房、2020年)

パオロ・ジョルダーノは「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と自問して、わたしたちはいったい何を覚えておくべきなのか、しっかり考える必要がある、といいます。すなわち、生き残ってふたたび同じ過ちをおかさないために「忘れない」ことの大事さを訴えているのです。

わたし自身この文章に惹きつけられると同時に、ふと思い返したのが冒頭のライナーノーツの言葉でした。生きるために「忘れゆく」という生理的な本能の強さと、その逆に、よりよく生きるために「忘れない」という理性のせめぎ合い。供養ということの本質もまた、少しでも早く辛さをやわらげて、できるだけ長く偲ぶことを忘れない、その間(あわい)にこそあるのでしょう。あらためて「忘れる」ということの意味を何度も反芻(はんすう)することになりました。

智慧と慈悲を兼ねそなえた摂取不捨の仏さまならば、あるいはすべてを受け止めて忘れないという理想を追い求めることができるかもしれません。むしろ仏とは「誰をも忘れない」という途方もない一大プロジェクトを自らに課した存在です。しかし、わたしたち凡夫のキャパシティでは到底、忘れること抜きに人生の歩みを進めることなどできないですし、他方で決して忘れられない悲しみの切れ端もどこか深くに沈殿したままです。

コロナ禍での自粛の日々の不安や警戒心をすっかり忘れ去ってしまえば、わたしたちは以前のような親密さの距離感を取り戻すこともできるのでしょう。日常が回復するというのはおそらくそういうことですが、とはいえ手洗いやマスクを必須とする新しい生活様式の訓戒を、まるではじめからなかったかのように直ちに忘れてよいのかというと、なかなかそうも思い切れないところです。習慣が継続すれば、どこかに不安もまた併存し続けることになります。忘れることのコントロールなどほとんど不可能といってよいでしょう。

忘れること、忘れたくないことの配合のバランス。その答えはいまも出ていません。そもそもコロナ禍の周辺ではそういう暫定的な、判断に迷いあぐね、決めかねて逡巡する、あいまいな事象が多くはないでしょうか。経済優先か人命か、検査増か抑制か、対策か緩和か、家にいるか外に出るか、オンラインか対面か…。コロナ感染で失われた多くの命と引き換えに得られた大切な情報(統計データ)のなかで煩悶(はんもん)し続けています。 わたしにはそんなふうに宙ぶらりんになってしまっている気持ちがたくさんあります。溜まりに溜まったままです。すっきりしたいけれども、いっそのことどちらか一方に決めて楽になってしまう、というのもどこか不誠実な気がするのです。

それでも、どうにかその複雑な感情を、この時期に悶々として抱えていた事実を忘れないでいたい。コロナ禍で懸命にその命に向き合い、先に逝(ゆ)かれた方々が残してくれたものを、悶々としながらも咀嚼(そしゃく)し続けてゆくことこそが、わたしたちの「生きる糧」になりうるものではないかと思うからです。拙いですが、これがわたしの忘れたくない物事のリストの第一行目です。

追記
このエッセイを書き上げたその日に、早めに帰宅するという妻との約束を忘れてすっぽかしてしまいました。まずは日々の備忘から…ですね。いつまでも悶々としてないで、家に帰ろう!

(2020年9月7日 工藤量導 / 青森・本覚寺)