私を大切にする

私を大切にすることは大切。そんなことをここ最近繰り返し考えています。

小学校時代、放課後にクラスメートとゴム製のボールで野球に似た三角ベースをしていた時のことです。ひと通り遊び終えて家路に着こうとすると、あるクラスメートが「お前、肩悪いな」と私に言いました。その言葉を聞いて、相手チームのバッターが打ったボールに走って追いつき、投げたボールがキャッチャーまではるか届かず、失速して落下し、転がっていった光景が私の頭に浮かびました。そうか。私はスポーツに関しては不得意なのだと、自分にがっかりしました。その落ち込んだ気持ちを押し込め、それからは運動を避けるようになってしまいました。

学生時代の私は、体育の時間、町内会の少年野球、運動会、どれも積極的に取り組めませんでした。それは運動が不得意な自分と向き合わねばならないからです。向き合いたくないから、運動会の前の日は雨が降ってくれないかなどと自分勝手な思いに耽っていました。

その結果、私は学生時代にほとんどスポーツとは距離を置いた生活を送りました。学習や文化系の活動を中心に取り組みました。自分が競り負け、うまくできないことを皆に知られてしまうのが怖かったのです。

そんな私が学生時代の最後に、スポーツが不得意な自分とまた向き合うことになります。それは、私の院生時代に通っていた大学で行われている駅伝大会です。3キロほどのコースを10人ほどでリレーをします。私もランナーの一人となりました。皆にとってはなんの苦にもならないことだったでしょうが、私にとっては一大事です。早朝や一日の予定が終わってから自坊の周りを走り、練習しました。

そして迎えた当日、駅伝大会は定刻通りにスタートし、同級生からのタスキを受けて、三番手だった私は走り出しました。キャンパスの周囲の山を登っていくコースは勾配がきつかったですが、最後は息が上がりながらもなんとか次の走者にタスキを渡すことができました。

大会終了後、皆で互いの力走を称え合いました。「がんばったね」と声をかけてくれる友人もいました。とてもうれしかったのを覚えています。その経験を今も自分の中で大切にしています。恥ずかしながら、今でも私はスポーツが不得意です。でも、この出来事を通じ、不得意な自分に向き合うことがきっかけで、温かく受け入れてくれる方に出会えることを知りました。

人間には得意なことと同じぐらい、いや、それ以上に不得意なことがあります。コロナ禍にあって、うまくいかないことばかり続き、それを見ないことにして、私たちは都合の悪い自分を大切にできていないかもしれません。でも今はその感情に浸る時期なのかなとも思っています。これがいつ終わるのかもわかりませんが、長く消極的な感情に浸る私を大事にすること、それが大切です。だからこそ人の温かさ、仏さまのやさしさに気づかせていただく場面が、私たちの人生に訪れるのだと私は思っています。

(2020年11月24日 東海林良昌 / 宮城・雲上寺)