特別なごちそう

普段離れている家族とゆっくり過ごす。
年末年始の楽しみのひとつです。
帰省が叶わず、もどかしさを感じている方もいらっしゃることでしょう。
いつもと違う年末年始を迎えようとしている今、大切な人との時間を大切にしたいと改めて強く思います。

大人になった今でもクリスマスにお正月、年末年始の街の喧噪は心のどこかでワクワクした気持ちにしてくれます。
特別な日には、特別な食事をしたくなります。
小学生の頃、我が家ではお正月や誕生日にだけ出される「ごちそう」がありました。
私にとって忘れられない特別な味。
それは、牛乳で割って作る『フルーチェ』という甘いヨーグルトのようなデザート。
我が家ではいつもイチゴ味。母が作ってくれる「ごちそう」です。大きな丼ぶりにフルーチェを作って、それを兄妹4人でそれぞれの小皿に分けます。食べ盛りの小学生たち、それではとても足りません。そのうち必ずケンカが起こります。
「お兄ちゃんのほうが多い!」
「スプーン一杯分こっちにちょうだい!」
食べ物でケンカするとは恥ずかしい限りですが、当時の私たちにとってはそれだけ「ごちそう」だったのです。ケンカの仲裁は、いつも母の役目でした。母が小皿に分けられた『フルーチェ』を改めて均等に分けなおして一件落着。特別な日恒例の光景が今でも目に浮かびます。

先日、ふと思い立って近所のスーパーで、あの頃と同じようにイチゴ味を買い、あの頃と同じように大きな丼ぶりで作ってみました。いつも楽しみにしていた「ごちそう」を今ではひとりで食べることができます。私も3人の妹達もそれぞれ社会人になり、今ではケンカをしながら一緒に食べる機会も無くなりました。ひとりきりで久しぶりに食べた「ごちそう」は、あの日と同じ味のはずなのに、どうしてなのか感動もなく、懐かしさと共に温かな寂しさが胸を満たすばかりでした。

「ささやかないつも通りの日常」が遠ざかっている今、それ自体が特別だったことを痛感します。それは自分ひとりで作り上げるものではありません。大切な誰かとの何気ない日常の関わり合いそのものなのでしょう。人と人の距離を考えなおす特別な一年のおわりに、今ある大切な人との日常をあらためて丁寧に味わっていきたいものです。

(2020年12月14日 吉田武士 / 長崎・長安寺)