山のあなた

「幸せになりたい」と思って生きている人は多いと思います。僧侶になってからは「幸せってなんですか?」と聞かれるようになりました。

「幸せ」ということばに振り回されると、幸せになれないように思います。
欲張らずに、周りを見渡せば、「幸せ」はあちこちに転がっています。それを拾い集めて笑顔になることは、この世を生きやすくする栄養剤になるかもしれません。我を忘れて、没頭できる何かがあることも「幸せ」と言えると思います。その間は、この世の辛いこと、苦しいことから離れることができるでしょう。たとえ一時だとしても、集中することで思考が明解になり、心を調えるきっかけになるかもしれません。
自分の身の丈にあった生き方をして、目の前のことに精一杯取り組めたら「幸せ」ではないでしょうか。でもそんなふうに楽観的な気持ちになれない状況にある方も、たくさんいらっしゃると思います。
仏教的に求める「幸せ」とはどういうことか、どうお伝えすればよいか悩みました。

「幸せ」ということばで思い浮かぶのは、ドイツの詩人、カール・ブッセの「山のあなた」です。上田 敏が訳したうつくしい日本語が、この詩を崇高な世界に引き上げているように思います。

「山のあなた」

山のあなたの空遠く
「幸ひ」住むと人のいふ。
ああ、われ人と尋(と)めゆきて
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸ひ」住むと人のいふ。

幸せいっぱいの自分の居場所を、異郷に求めてさまよう様子が思い浮かべられます。自分の求めるものが得られていないという現実否定。そこから逃れようと、幸せ探しをしますが「幸ひ住む国」は見つけられない悲しみ。でもブッセは、どこかにその幸せの国はあるのだと信じ、さすらい続けているように感じます。

若い頃、私には自分の気持ちにぴったりだと思える歌がありました。
アイルランドのロックバンド、U2(ユートゥー)の「I Still Haven't Found What I'm Looking For」。「終わりなき旅」という邦題で、「私が本当に探し求めているものはまだ見つかっていない」という長いタイトルが付いています。何度も繰り返されるこの言葉に、何を目指したらいいのかが見つからず、もがき続けていた自分を重ねたのでした。U2の活動を調べると、この歌は、苛酷な現実に対する叫びであることを知りました。アイルランドの宗教と差別、平和と平等への戦い。歌詞の中に出てくる「You」はイエスさまのことだったのです。
「最愛なる神の国があることを信じ続けているけれど、まだ誰しもが平等なその国がどこにあるのかわからない」という意味が込められているようです。しかし、世界的なロックバンドとなったU2は、名声を生かし、慈善活動を続けています。厳しい現実の中にも神様を信じ続けることで、自分が正しいと思う道に進むことができたと言えるのではないでしょうか。

「山のあなた」の「あなた」もカール・ブッセにとっての神様、信仰の対象ではないかと感じます。

四十半ば過ぎても自分探しの終わらなかった私でしたが、ご仏縁によって僧侶となり、その歌を歌わなくなりました。求めるその地に、必ず往けることを信じられるようになったからです。
そして、この世は終わりではないことを知りました。念仏者にとっては、悩みや苦しみのない、「幸せ」に満ちた世界が続いていることを。どうにもならないことの多いこの世でも、有り難い安心を得られたことで、「幸せ」と思える毎日を過ごしています。それは、阿弥陀様のお名前を称え続けてわかること。その存在を信じる者が得られる「幸せ」がここにあるとお伝えしていきたいと思います。

なむあみだぶつ・なむあみだぶ

(2020年12月28日 関 光恵 / 浄土宗僧侶)