片付ける

今年に入り、倉庫として使用している小屋の整理を行なっていたところ、押入れの天袋の上に雨漏りを発見しました。様々な集いや行事が行われなかった分、この一年は片付けを主にしていたのですが、ちょうど雨漏りがしていた箇所は今まで何度整理しても捨てられなかった、十代の頃の物を詰め込んだ場所でした。

映画のパンフレット、音楽雑誌が水分を含んで波打っており、絵の道具にはカビが生えていました。取り壊した建物の屋根瓦を再利用して作られたこの小屋は、建てられた50年ほど前に「この瓦、いつまでもつか分からないよ」と言われていたそうで、出入りの大工さんに相談してみたところ、このまま使用するなら屋根替えは必須とのこと。10坪弱の小屋に置かれた品を書き留め庫裏を往復すること数日、必要な物のみ移動させて多くは手放し、小屋は解体することに決めました。

カビの生えた物を保管するわけにもいかず、十代の頃の思い出の物は捨てざるを得なくなりました。思い入れのある品を捨てる事ができれば、思い入れのない品を捨てるのは簡単で、解体業者の方が早く工事に入れる事になったのも幸いし、大工さんに相談してから1ヶ月後には小屋のあった場所は更地となりました。

小屋に収まっていた必要な物たちは庫裏のあちこちに収納されていきました。収納術で「物の住所を決める」とよく聞きますが、なるほど、同じ種類の物を同じ場所に収めるととても使いやすくなります。棚にラベルを付けたり、ホームセンターで購入した木材で簡単な仕切りを作ったりしてやっと収まり、片付け中心の生活から元の毎日に戻っていきました。

知人に引き取ってもらった物、リサイクルした物、処分した物。この一年でたくさんのものを手放したなあ、としみじみ思い返しておりましたが、不思議な事に、数は減ったのに選択肢は増えたような気がするのです。物の住所が決まっておらず分散していた事、紛れて目に止まらなくなっていた事などが原因だと思うのですが、生活の質が前より向上した実感があります。ふと、すっきりしたのは部屋だけでない事に気づきました。

片付けをしながら、会えなくなった人をおもったり、自分について振り返ったり、いろんな思いが浮かんでいました。物を片付けるように、忘れるわけではないのだけれど手放していった思いもたくさんありました。物も思いも、整理するのに時間のかかる作業で、見なかった事にして放り出したくなる気持ちが起こる日もありましたが、なんとか終える事ができたのは、今できることを行うよう、日々のお念仏で阿弥陀さまがお導きくださったからだと思います。思いは物のように捨て去ることはできませんが、少し乱雑だった場所が整頓されたように、思い込みや勘違い、偏った見方を整理することで、自分が行うことのできる選択肢が広がったように感じました。

いつまで続くか分からないこの状況にもどかしさを感じない日はありませんが、今できること、今しかできないことを行い、この日々も大切な一日として過ごしていきたいと思います。

(2021年3月22日 今井光順 / 大分教区 長昌寺)