祈りの場を調える〜お供えのススメ〜

stay home. 家で過ごそう。

この要請を受けて、生活が一変。仕事中心の日々から、家での暮らしを省みて、ライフスタイルを改善した方も多いことでしょう。私も仕事が忙しいからと後回しにしてきたことに、言い訳ができなくなって、少しずつ環境を整えています。気になってはいても、なかなかできないことはたくさんあると思います。そのひとつに、家でのご先祖供養や、仏さまをお祀りすることがあるのではないでしょうか。この機会に、祈りの場を調えてみてはいかがでしょうか。

私は、地方の寺で生まれ育ちました。高校卒業後は東京に出て、仏教から遠く離れて生きてきました。四十代になって、住職である父が病に倒れ、寺を手伝うために僧侶となりました。東京の住居には、お仏壇はありませんでした。仏道を進むに連れ、今を生きることは、過去から未来、次の世に繋がっていると捉えられるようになり、祈りの場を調えていきました。この世は苦しみや悲しみの多い世界ですが、阿弥陀様とご先祖様に見守られていることが、精神的な支えとなり、お念仏を称えることで、段々と心に余白が生まれ、日々が満たされていきました。

祈りの場を清め、花を供え、香を焚くことが日課になると、感覚が研ぎすまされて、自分本来の力を取り戻せていることに気づきます。仏教的にいえば、眼・耳・鼻・舌・身・意。「意」とは心で感じる世界のこと。仏さまにおもてなしすることで、ひいては自分が清められ、心が調い、安寧な暮らしとなっていくのを感じます。

おすすめしたいのは、供養の料理をつくること。お念仏の後に、お下がりをいただきます。仏さまとの結びつきが強まり、力を授かることができるとされています。家庭での供膳は、一汁一菜で充分。ご飯を炊いて、簡単な煮物と汁物、香の物など特別なものでなくてよいのです。精進料理と気取らなくても、野菜中心に淡味で素材そのものの持ち味、尊い命を活かすことを心がけていれば、身体にもやさしい料理になります。お膳がなくても、トレイに小さな茶碗やお猪口をのせて代用するので大丈夫。自分らしい供養のかたちでいいのです。

私には、子どもの頃の忘れられない光景があります。お寺の行事の度に、近所のおばあちゃんたちが集まって、精進料理を作ってくれました。活気に満ちた厨房でのやり取り、手早い仕事を見るのが好きでした。地元で採れた新鮮な素材で作られる煮物や、出汁のきいたみそ汁、かまどで炊いたつやつやとしたごはん。それは自然の恵みそのものでした。法要後に、供膳と同じものをみんなでいただきます。料理をつくる人も、振る舞われる参拝者も、生きる活力をいただいているような高揚感がありました。寺の質素な精進料理を思い出し、あるものでお供えをつくっています。お仏飯は、供養のためだけでなく、私をつくる源でもあります。


合掌 南無阿弥陀佛

(2020年6月10日 関 光恵 / 浄土宗僧侶)

(Photo:大隅圭介)