習慣

「こんど、お友だちとカフェでお茶していい?」この春中学生になった娘が、嬉しそうな顔で訪ねてきました。

「もう新しい友だちできたの、よかったね。いってらっしゃい。」と、本来なら笑顔で言いたいところですが――。

「今はダメ」と言いました。普段ならなんてことのない娘の楽しみに、ダメと言わなければならない気持ちは辛いものです。

そんな私ですが、先日知人に会いマスク会食をしました(不要不急でない用事です)。お店の中には私たち以外にも沢山の人がいました。すると、明らかにマスク会食していない人たち。斜めに座るも二メートルは離れていないテーブルでの会食。誰かのくしゃみ、咳など。あれこれと気になって仕方がありませんでした。

私は、この一年で知らぬ間に随分と悪い習慣が身についたものだと実感し反省しました。新型コロナウイルス関連の情報の大氾濫で、私の心には「疑う」ことが育まれたようです。最近ニュースを見ては不平不満が口から出ることも増えているように思い、我が身の度量の狭さが情けなくなります。

このサイト内の『悩めるあなたに“ブッダ流”の生き方』でも記されているように「他人の過失を探し求めて、つねに腹を立てている人は煩悩の汚れが増大する」(『法句経(ほっくきょう)』)とブッダは説いています。まさにそうなっているようです。

悪い習慣を善い習慣に変えなければ悪循環は続きます。そのためには、心・行動を変える努力が必要です。

咳をしている人を見れば、「体調が悪いのかな?大丈夫かな?」と、慈しみの心、寄り添いの心でもって他者を気づかう。1年前まではあたりまえにできていた心のもちかたです。

今は本当に辛抱しなければならない時です。しかし、こんな時だからこそ、自己中心的になりがちな私の心・行動を、他者を思いやる心・行動へと意識して取り組み、習慣化していくことで、慈悲という心が養われ、優しくも厳しい人間へと成長できるのではないでしょうか。

ところで、よくよく考えてみますと中学生がカフェでお茶するってまだ早いように思います。ませた子どもをもつ親の悩みはまだまだ尽きそうにありません。それでも娘に「いってらっしゃい」と笑顔で言ってあげられる日が一日でも早くくることを願っております。

(2021年6月28日 澤邉紘行 / 石川・極楽寺)