まだやで

「阿弥陀仏像はインド(8世紀以前)にどのくらいの数があるでしょうか?」

 A、3体  B、30体  C、300体

これは昨年の今頃、仏教美術とくに浄土教美術に関する大学の授業を受け持った際に、受講生に投げかけた質問です。思い返してみれば、時期的にはオンライン授業の真っ只中。慣れないオンライン会議システムZoomのアンケート機能を見よう見まねで使って、質問の回答を集計しました。正確な数は忘れてしまいましたが、BとCに多くの回答が集中したように記憶しています。

さて、上記の質問の正解は「A」です。思った以上に少ないことに受講生たちは驚いていたようです。日本仏教には多くの浄土教美術の優品が存在しており、質問の前段でインド仏教に淵源をもつ浄土三部経(『無量寿経』『観経』『阿弥陀経』)の解説もしておりましたので、「きっとインドにもたくさんの阿弥陀仏像が残されているはずだ」と予想するのも、もっともなことでしょう。

ちなみに、インドの阿弥陀仏像と目されている3体は次の通りです。

 ①阿弥陀仏像台座(マトゥラー・ゴーヴィンドナガル出土、2世紀、マトゥラー博物館所蔵)
 ②阿弥陀仏三尊像≪右脇侍菩薩欠≫(ガンダーラ出土、3~4世紀、フロリダ州立リングリング博物館)
 ③仏説法図浮彫(ガンダーラ・モハマッドナリー出土、3~4世紀、ラホール博物館)

このなかで②と③は、本当に阿弥陀仏像と断定してよいかどうかで研究者の意見が多少割れています(※1)。①については、仏像本体は失われてしまったのですが、台座と御脚の部分が残されていて、台座の正面に「一切諸仏を供養せんがためにアミターバ仏・世尊の像を建立した」との銘文が刻まれています。阿弥陀仏の原語は「アミターバ(無量光)」もしくは「アミタ―ユス(無量寿)」とされるので、これが阿弥陀仏像であることがわかります。

この阿弥陀仏像台座は1977年、中村元博士によって日本に紹介されたもので(※2)、実はそれまで、インドの密教時代(8世紀~12世紀頃)以前の阿弥陀仏像は見つかっていなかったのです。そればかりか、「大乗仏教」の仏像としても最初期の作例であるため、とても貴重な仏像なのです(残存する5世紀以前の仏像はほとんどが釈迦仏とみられており、大乗仏教の代表的な菩薩像である観音や弥勒ならばわりあい多く残されています)。

幸いにも昨年、コロナ禍に巻き込まれる寸でのタイミングで、インドのマトゥラー博物館を来訪する機会があり、実物を拝見することが叶いました。対面した時に、想いがあふれて、御脚を頂戴すべく深々と礼拝し念仏させていただいたことはよき思い出となっています(写真)。むしろ仏像本体がないゆえの存在感があり、台座の上にはこれまで向き合ってきたさまざまな仏さまのやさしい顔が、次々に思い浮かんで駆け巡ってゆきました。

もちろん、オンラインの授業でもこの貴重な経験を伝えようと思い、冒頭の質問を投げかけるなどして、阿弥陀仏信仰に関する一通りの説明を加えた後で、授業の最後に10回のお念仏を声に出してお称えすることにしました。阿弥陀仏は「光」と「命」そして「声」の仏さまなのです。

普段受け持っている浄土宗関係の授業では、始業時と終業時に「同唱十念」と発声して一緒にお念仏を称えるのが通例なのですが、仏教美術の授業の場合は、その大半が寺院関係者ではない一般学生が受講しているため、お称えしてもらうにしても相応の説明が必要となります。

受講生に向けては、授業で紹介する仏像や文物は単なる美術品や文化財としての価値だけでなく、当時の人々がその時代環境下において信仰の想いを手向けた大切なものであるということを念頭に入れたうえで、現在まで残されてきた宗教的な遺品への尊重の想いを込めて念仏を一緒にお称えましょう、と繰り返し強調しました。

その思いが伝わってか、学生のリアクションペーパーには「仏教系大学らしくてよい体験になった」「唱えるとお寺にきた気分になった」「授業の初めと最後に行うと集中できる」などの意見がみられて、おおむね好評のようでした。ホッと胸をなでおろしていると、そのなかに驚きのコメントが…。

授業の際、ダイニングでイヤホンをせずに授業を受けていたら、突然パソコンから聞こえてきた「南無阿弥陀仏」に、向かいの椅子に座っていた母が「な、なにごと?!」と驚いていました。「いったい何の授業受けているの?!」とも聞かれ、「一応、仏教美術の授業だよ」と伝えたものの、なぜか腑に落ちない様子でした。(筆者要約)

オンライン授業ならではのハプニング。期せずして母親参観が行われていたわけですが、確かに何の説明もなしに、いきなりパソコンからお念仏の声がリビングに響き渡ったら、いらぬ心配をかけてしまうのも無理のないことです。以降は「これからお念仏を称えますので、パソコンのボリュームにはご注意ください」と一言付け加えるようになりました。

そのほか、オンライン授業で学んだこととして、googleフォームに代表されるアンケートツール機能があります。それを利用して「好きな阿弥陀仏像アンケート」という企画を実施してみました。奈良時代から江戸時代までに造られた日本の阿弥陀仏像計48体のなかから、好きな仏像を3体で選んで投票してもらうというものです(1位は3点、2位は2点、3位は1点)。ベストテンの結果は次の通りでした。

 1位 みかえり阿弥陀仏立像…18点(京都・禅林寺、平安~鎌倉初期)
 2位 阿弥陀仏三尊坐像ほか…16点(岩手・中尊寺金色堂、12世紀)
 3位 五劫思惟阿弥陀仏像…11点(京都・くろ谷金戒光明寺)
 4位 阿弥陀仏三尊立像…10点(奈良・法隆寺献納宝物44号、奈良時代)
 5位 阿弥陀仏坐像…9点(京都・平等院鳳凰堂、1053年)
 5位 阿弥陀仏二十五菩薩像…9点(京都・即成院、1094年)
 5位 善光寺式阿弥陀仏立像…9点(神奈川・円覚寺、1271年)
 8位 五智如来坐像…8点(京都・安祥寺、9世紀中頃)
 9位 伝橘夫人念持仏阿弥陀三尊坐像…7点(奈良・法隆寺、8世紀)
 10位 阿弥陀仏三尊坐像…6点(京都・清凉寺、896年)
 10位 阿弥陀仏三尊坐像…6点(京都・三千院、1148年)

まだ生煮えの企画だったかなという不安もあったのですが、思いがけず好評で、期末レポートの感想でも「授業で一番記憶に残っていて楽しかった」「こんなに真剣に仏像をまじまじと見たことはなかった」などさまざまな意見が寄せられました。とりわけ印象的だったのが下記の内容です。

講義型のオンライン授業の際に、他の生徒も一緒に授業を受けていることを忘れてしまうことが多々ありました。しかし、授業内で好きな仏像ランキングやアンケートなどを行ってくださったため、私一人だけでなく他の学生たちも一緒に授業を受けているのだという一体感のようなものを感じることができました。(筆者要約)

読んだときに、オンライン授業ならではのしんどさがズシンと伝わってきて、胸がチクリと痛みました。わたし自身もはじめて受け持つ分野の授業だったので、正直なところ日々の教材準備に追われるばかりで、受講生の状況にいろいろと想像をめぐらしてはみるものの、実感としてその孤独や辛さの質量的な重みを受け取ることはできていなかったように反省します。

ともあれ、思い付きのように立ち上げた企画を通じて、「一緒」に授業を受けている一体感がいくばくかでも醸成されていたというであれば、自分にとっても思いがけない気づきと喜びでした。

好きな仏像を選ぶというのは、さまざまな選定基準があると思いますが、根底にあるのはやはり「一緒にいたい仏さま」なのだと思います。あの時、真剣に選んでパートナーシップのご縁を結んだ仏さまが、どうか共にいらしてくださいますように、そしていつか実物と対面するチャンスが訪れますように、ささやかな願いを込めて合掌しました。

仏さまと一緒、大丈夫、いっしょ、いっしょ。

わたし自身の学びも少なくなかったコロナ禍でのオンライン授業。今はすでに対面授業が開始して、「対面+オンライン」のハイブリッド授業がメインとなっています。今回、一年前のレポートやリアクションペーパーを読み返してみて、当時のしんどさの最大風力がありありと甦ってきました。忘れてはいけないこと、覚えておきたいこと。わたしの「備忘録」(https://jodo.or.jp/issho/essay/20.html)にもしっかり書き留めておきたいと思います。

最後に、レポートの感想に言伝られた下記の報告をもって、本エッセイの結びにしたいと思います。

第1回の授業開始時からダイニングで授業を受け、はじめは授業開始の同唱十念に「なに、なに!?」とひどく驚いていた母だったが、回を重ねると慣れてきたのか、「あの南無阿弥陀仏はやらないの?」「まだやで」という会話を毎回するようになった。

なにごとも継続は力ですね。台座の上にいるという声の仏さまがにっこり微笑んで、いつもいっしょにいてくれますように。 同唱十念

(2021年11月29日 工藤量導 / 青森・本覚寺)


※1 参考文献として、宮治昭『仏像学入門』増補版(春秋社、2013年)、宮治昭『仏像を読み解く―シルクロードの仏教美術』(春秋社、2016年)、壬生泰紀『初期無量寿経の研究』(法蔵館、2021年)などがあります。
※2 中村元・奈良康明・佐藤良純『ブッダの世界』新編(学習出版社、2000年、旧編は1980年刊)に「新発見の阿弥陀仏台座銘文とその意義」という解説記事があります。実は初出が中村元「浄土教興起時代の文化の普遍性」(『三康文化研究所所報』13号、1978年)となっていて、インドから帰国したての中村博士が三康文化研究所の公開講演(1977年11月19日)にて、一早くマトゥラー博物館の阿弥陀仏像台座の新発見を報告しています。