鐘の音に願いを込めて

夕暮れ時、日の入りの時刻に寺の鐘を9回撞きます。晴れていれば、西の方角にある山のシルエットが赤く照らし出される頃。前住職は「カラスがかぁ~かぁ~と鳴いて巣に帰るころ」と言っていたと聞いて笑いましたが、山寺の時を知らせる鐘の音は「まるで日本昔話のようで癒される」と里山暮らしの風情となっているようです。寺に住む子の務めとして、こどもの頃は何も考えずに毎日撞いていましたが、一打の合間の余韻は、法要での大鏧(だいきん:仏前の大鐘)を打つ感覚を養うことになっていると気づき、すべては仏道修行に繋がっていることを僧侶となって感じました。寺は300年以上の歴史がありますが、この鐘は再鋳されたものです。

第二次世界大戦中の「金属類回収令」により、日本中の洪鐘が失われました。私の勤めるお寺でも、回収される日の写真と祖父の書いた宣疏(せんしょ:仏前で法要の意趣を述べる文書)が残されています。昭和17年12月8日、お釈迦様がさとりを開かれた「成道の日」でありました。大晦日間近に、263年吊られていた鐘を失い、どんなに悲しかったことでしょう。戦争の悲惨さを、大罪を感じずにはおられません。住職だった祖父は、仏道の象徴が武器になってしまったのかと、毎日、空になった鐘楼を見るのは辛かったと思います。終戦後、平和への願いを込め、英霊への鎮魂のために、寄付をお願いし、昭和39年に新しい鐘を迎え、現在に至ります。近隣のお寺には鐘は戻らず、この寺の鐘の音だけが今も村に響いています。鐘には、祖父と親交の深かった山田無文老師の書が刻まれています。

「 たぐいなきこの 音を聞くみな 仏を念じ法を念じ 僧を念ずるこゝろ おのずから生ぜむ 南無阿弥陀佛 」

撞く度に、念仏を鐘の音に乗せ、毎回100遍の「南無阿弥陀佛」と最後には、天下泰平を願う「祝聖文」というお経を称えています。鐘が聞こえる場所は限られますが、鐘の音に乗った仏の名は、はるか彼方に上昇し、日本中、世界中、宇宙に、果ては極楽へと響いていることでしょう。阿弥陀様に救われた私には、救いを求めているすべての人にお念仏を届けたいという願いがあります。

前住職の兄が急逝し、極楽往生して今日でちょうど一年。昨年は、喪中に除夜の鐘をひっそりと撞きましたが、今年は多くの人が身を清めるために集まってくださることを願います。新米住職の一年が終わり、108回の鐘の音にお念仏を乗せて、また新たな一年に向かいます。

なむあみだぶつ・なむあみだぶ

(2021年12月27日 関 光恵 / 天然寺住職)