ひとりでもみんなといる気持ちで

窓の外の緑が日に日に深くなっています。例年であれば、隣の県の山麓にあるお寺で行事が行われている頃で、道中に広がる高原の美しさや既知の方々とお会いできる喜びに心弾ませておりますが、今年はその行事も中止となり、今は目に浮かべるばかりです。毎年楽しみにしている近くの桜も見ずに、季節は進んでいきました。

きっと皆さまにも大切にしている場所や行事、そこで共にする人々がいらっしゃることでしょう。同じ空気で、同じ時を過ごせないもどかしさは今皆が持ち合わせている気持ちだと思います。

外出自粛となり、私の住む寺でも行事を行うことができなくなってからは、家族以外の人と直接お話しする時間がだいぶ減ってしまいました。心置きなくできる仕事は掃除などで、作業をしながら考え事をしていると、自分でも忘れていたいつかのとりとめのない会話や、風景や感情が浮かんでは消え、当たり前であった日常が遠く、まぶしく感じられるようになりました。何気ないと思っていた毎日も、身の回りの人や自然、心に彩りを与えてくれる文化や芸術、それを提供してくれる人がいてくれたからこそ成り立っていたことに改めて気づかされました。一方で、最前線で今の生活を支えてくださるエッセンシャルワーカーの方、感染防止のため今までのように営業を行うことができない方、様々な方の大きな緊張感や不安感を思うと胸が締め付けられます。

「縁起」とはお釈迦さまのおさとりの内容です。全てのものはつながりあっている、という意味で、仏教徒であれば誰もが知っている言葉ではありますが、今ほど「縁起」の中に生きている、と強く感じたことはありませんでした。
社会生活の再開は徐々に始まりましたが、この状況下で苦しんでおられる方を祈る気持ちは忘れたくありません。身近な人を思いやるように、遠くの人や物、環境に感謝できる心は保っていたいと思います。さまざまな縁によって支えられている日々だからこそ、その縁の中で今何ができるか考え、与えられた自分の場所で一日一日を大切に生きていきたいです。




毎月の行事ができない今、インターネットのライブ配信で行われている念仏会に参加しています。お念仏というつながりで心を同じくする方々と共に同じ時を過ごせる安心感は、こわばっている心をやわらかくしてくれます。
(YouTubeの「為先会のお念仏」にて毎月第3土曜日16時半より配信されます。どなたでもご参加いただけますので、ご一緒にいかがですか。)

(2020年6月15日 今井光順/大分教区 長昌寺)