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今月の言葉:2018年02月

やさしい言葉を 贈ろう

Have kind words for everyone.

 初詣やお年賀のご挨拶あいさつも終わり、気づけば2月になりました。私は高校時代、陸上部に所属して普段は短距離走をしていたのですが、この時期は苦手な長距離走の練習もしなければなりませんでした。他校との合同練習をすることもあり、お互いあまり知らない者同士、はじめは会話もほとんどありません。しかし走り終えるころには、ひとことふたこと交わすようになり、解散の時までには親しくなることもありました。ほんのひとことの挨拶が私の励みにもなり、声を掛け合うことで辛い練習が少しだけ楽になった気がしたのを覚えています。
 さて、2月15日はお釈迦さまが亡くなったご命日です。多くの寺院では、涅槃図ねはんずというお釈迦さまの入滅にゅうめつだい般涅槃)の様子を描いた掛け軸をかかげ、その追悼と報恩のために法要(涅槃)を勤めます。
 お釈迦さまが涅槃の際に説かれた言葉の中に、この世を生きる者のことわりとして誰もが逃れることのできない「会者定離えしゃじょうり」という教えがあります。これは、出会った者や縁のある者は現世においていつかは別れる時が来るというもの。涅槃図を見ると、その言葉通り、釈尊の周りを囲むあらゆる者が、その別れを惜しみいたんでいる様子が描かれています。
 法然上人も75歳という高齢で四国へ配流はいるになられた際、出発にあたり、別れを惜しむ門弟に次のような言葉を残されています。

会者定離えしゃじょうりは常のならい 今始めたるにあらず 何ぞ深くなげかんや

宿縁空しゅくえんむなしからずば同じき一蓮いちれんに座せん※

 これは、「生きていれば別れは必ず来るもの。今に始まったことではありません。どうしてそんなに深く嘆くことがありましょうか。この世でのご縁がかりそめでなければ、往生の暁にはお浄土で同じ蓮のうてなに座りましょう」とみなを慰めている言葉です。
 さらに上人は「南無阿弥陀仏とお念仏をおとなえすれば、たとえ離れていようとも心は通じていますよ」ともおっしゃっています。
 いつ、どのような形で愛する人や知人、縁者との別れが来るかわかりません。この瞬間は二度と訪れることはないのです。だからこそ、相手に対する言葉遣いや行動を日ごろから振り返り、お互いが〝またお浄土で会いたい〟と願うことができるように、相手を思いやる、感謝の言葉を贈って、悔いのない日々を過ごしてまいりましょう。
(愛知県小牧市 龍音寺 岡田康佑)

※「御流罪の時門弟に示されける御詞」

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