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今月の言葉:2018年05月

心の弦 張り過ぎず ゆる過ぎず

In all things, try to mind keep your balance, neither too taut nor too slack.

 私の友人で、自身の人生を見つめ直し転職した人がいます。以前の彼は、何よりも大切な家族に経済的に豊かな生活をさせたいとの思いから、休みなくがむしゃらに働き続けていました。ところがある時、体調を崩し、彼はふと考えました。「家族のためとはいえ、本当にこんな働き方でいいのだろうか?」と。そう考えた時に彼の価値観は大きく変わり、転職を決意、時間に少し余裕のある会社に再就職しました。収入こそ減りましたが、彼は今、家族との時間を大切にし、「以前よりも心が豊かなんだ」とうれしそうに話してくれます。
 生きていく以上、現実問題として、仕事をして収入を得なければなりません。しかし、お金を稼ぐことだけに極端にかたよると、他の大切なものを見失いがちになってしまいます。逆に、働けるのに全く仕事をしないのも問題です。
 お釈迦さまの弟子にソーナという方がいらっしゃいました。誰よりも厳しい修行を積んでいましたが、なかなかさとることができず、焦り悩んでいました。その苦悩を見抜かれたお釈迦さまは、このようにお示しになりました。
「琴のげんは締め過ぎても、ゆるめ過ぎても良い音が出ない。丁度良い張り加減で美しい音色が奏でられるのである。修行もそれと同じで、追い詰め過ぎれば心がたかぶり、努力を忘れるならばそれは怠惰たいだとなる。調和のとれた修行こそが正しい道に導くのだ」これを聞いたソーナは自身の修行を改め、後にさとりをひらいたとされます。
 何事も極端に偏らず、「丁度良い加減」を見つけることが大切。これを仏教では「中道ちゅうどう」といいます。
 浄土宗では阿弥陀仏の救い(本願ほんがん)をひたすらに信じ、「のちの世は西方極楽浄土に生まれたい。助けたまえ、阿弥陀仏」との思いでお念仏をおとなえします。念仏の「行」は、決して「苦行」でも「なまけの行」でもありません。
 ある方が法然上人に「お念仏をおとなえしている最中に眠たくなったらどうすればよいでしょうか?」と尋ねました。法然上人は「水をかぶってでもお念仏しなさい」とはおっしゃらず、「目が覚めてからお念仏をすればよいのです」と非常に寛大なご返答をしておられます。苦行とせず、そして怠けずにお念仏を一生涯相続、継続していくことこそが大切なのです。
『心の弦 張り過ぎず ゆる過ぎず』
 何事にも極端に偏らないバランス感覚を持って、お念仏と共に素晴らしい人生の音色を奏でてまいりましょう。

(福岡県北九州市 全照寺 黒瀬寛雄)

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