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今月の言葉:2018年09月

あの人の恩 ありし日を思う

Thank your benefactors who have passed away for their kindnesses.

 平成元年の春、私が25歳で僧侶の資格を取るため、京都にある大本山知恩寺で修行に入ったときのことです。
 お寺に生まれ育った私ですが、のんべんだらりの生活を送っていましたので、お経はもとより、仏具の名前などの知識もありませんでした。
 ある時、先輩僧侶に「三方さんぼうを持ってきて」と言われましたが、何をもっていっていいか分からず、ぼーっとしていると、「なんや、そんなことも知らんのか」と一喝。使いやすいお経本があるにも関わらず、「お勤めの経本は自分で作りなはれ」と言われ、「御朱印を書くにはまだ早い。上達せい」とあて名書きの練習ばかりでした。
 掃除の折にも、「頭は賢く使うもんやぞ」とホウキ一本、古いものまで工夫一つで便利になるということを教えていただき、修行を終えるころには愛着さえいてきました。
 週に一度の休日も有意義に使えとのお達しがありましたので、別のお寺での修行。実質、休日はあってないようなものでしたが、その先輩から、〝安易に便利さや楽さに身を任せないように〟との教訓に感じ入りました。
 しかし今になってみれば、私を修行に出してくれた家族があり、そこからあらゆる縁が結ばれ、知識を深められたことに感謝するばかりです。
 今私が住持するお寺は、もとは尼僧にそう寺院でしたので、これまで多くの尼僧さんのご苦労と、そこに関わるお檀家さんとのご縁によって継承されてきた賜物と感じます。知恩寺での経験があったからこそ、より強く感じることができるのだと思います。
 私を私として生かしているのはさまざまなご縁や、人との出会いであり、また、それを取り囲む生活の中にあったと思うのです。そしてその生活をよりよくするものは、利便さなどではなく、五感を通した調和の世界。
 日々、決して楽しいことばかりではありませんが、人は誰かと関わらずしては生きていけません。
 「私」という存在はご先祖さまがあってのこと。人として命をいただき、多くの方と仏縁をいただいたからこそ、輪廻りんねの里を離れ、迷い苦しみのない極楽浄土へと導いてくださる阿弥陀さまを拝み、お浄土への道を歩むために「ただ一向いっこうに念仏すべし」と決定けつじょうの心をお伝えくださった法然上人のお言葉を、今一度心に刻みこむことができます。
 一度しかない人生です。お念仏のある生活を続けてまいりましょう。
(神奈川県 本真寺 斎藤良典)

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