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今月の言葉:2019年11月

称えるなかに仏のまなざし

Amida Buddha is watching over us in both joy and sorrow.

 美しく照り輝く紅葉の季節が近づいてきました。月参つきまいりでお会いするお檀家さんとの会話は「年末の話題」となり、月日が経つことの早さを感じます。
 帰り際、「また来月もお願いします」と言われ、私も「また来月お参りさせていただきます」と返し、来月も元気で会えることを楽しみにお寺へ帰ります。しかし、次にうかがう前に、お檀家さんが入院されたり、月参りでの会話が最後となってしまうこともあります。
 亡くなられたお檀家さんのご家族から、「今、亡くなりました」とお寺に連絡が来ると、枕経まくらぎょうを勤めさせていただくため、そのお檀家さんのご自宅へうかがいます。移動中、これまでのさまざまな思い出が蘇ります。長年にわたり、私の「後ろ」で共に、仏さまやご先祖さまに手を合わせていた方を「前」にお勤めいたしますと多くの思い出があふれてきます。月日が流れ、亡くなられたお檀家さんの月参りでうかがい、お念仏をおとなえしていると、ご仏壇の阿弥陀さまのまなざしの中に亡くなられた方との思い出が蘇ります。
 法然上人は、お念仏の要点をまとめられた「一枚起請文いちまいきしょうもん」という御法語の中で、「ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、うたがいなく往生するぞと思い取りて申すほかには別の仔細候しさいそうらわず」と述べられています。
 これは、阿弥陀仏の極楽浄土へ往生を遂げるためには、ただひたすらに「南無阿弥陀仏」とおとなえし、一点のうたがいもなく「必ず極楽浄土に往生するのだ」と信じておとなえするほかには、別に何もいらないという意味です。つまり、私たちが「南無阿弥陀仏」とお念仏をおとなえすれば、阿弥陀さまは決して見捨てず、必ずお救いくださるのです。
 次の再会を願っても、この世との別れは突然やってきます。それは四季の移り変わりのように決まった順番はありません。しかし、その別れは今しばらくの別れ。私たちが極楽浄土に生まれることを願って、仏さまを慕い、お念仏に精進すれば、必ず極楽浄土で再会できるのです。
 紅葉が美しいこの季節、楓の花言葉は「大切な思い出」です。ご自宅の仏壇の仏さまやご先祖さまへ手を合わせ、お念仏をおとなえすれば、亡き方との「大切な思い出」が思い起こされます。
 再会を願い、私たちも極楽浄土への往生がかなうよう、日々お念仏をおとなえしてまいりしょう。
(京都市伏見区 長圓寺 堀 有輝)

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