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今月の言葉:2019年12月

わがこととして

We should stand beside others, making their joys and sorrows our own.

 この標語を見たときに、ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの「イマジン」という、およそ50年前の曲を思い出しました。
 この曲は、宗教間や国同士の争いのような悲しいことはやめようよ、というメッセージ性の強い曲です。この曲を日本語で歌ったいまわきよ志郎しろうというロックミュージシャンは、この曲の歌詞を、「天国はない/ただ空があるだけ/国境はない/ただ地球があるだけ/みんながそうおもえば/簡単なことさ」と訳しています。私はこれを見て、人のことを自分のこととして寄り添うこと、つまり、他者と自分がひとつだと共感して、私心が全くないという意味だととらえました。
 このように全てのことを「わがこととして」とらえ、無私の人になるのは相当難しいことで、なかなかできるものではありません。私の人生にそんな人がいただろうかと考えたとき、思い浮かんだのが「親」でした。
 私の両親は、生まれたばかりで何もできない私を抱き、乳を与え、子どもになれば目を離さずに見守り、独立しても心をかけてくれています。
 そんな親心は、今でこそ理解できますが、小さいころは到底分かるはずもありません。それでも「お父さん」「お母さん」と両親を呼ぶなかで、まるで自分のことのように大切に思ってくれることを、感じ取っていたように思います。今でも口に出して呟くと、子どものころに抱いていた気持が蘇ってくることがあります。
 わがこととして子どもを大事にする親と、その名前を呼ぶことで答える子どもの関係は、阿弥陀さまと私たちの関係と同じだと思います。

 法然上人が師と仰ぐ中国唐代の僧侶・善導大師ぜんどうだいしは「仏も衆生しゅじょうも親子のごとくなるゆえに、親縁しんえんとなづく」とおっしゃっています。これは、子どもが親を呼ぶように、私たちが「南無阿弥陀仏」ととなえれば、阿弥陀さまはそれを聞き、慈悲の光でその人を照らし、実の子のように常に想いをかけ、親しい関係になるというものです。
 浄土宗は南無阿弥陀仏のお念仏を声に出してとなえることを第一義とします。阿弥陀さまは、お念仏をする人を常に見守ってくださっていますが、私たちは普段の生活の中で、ついついそのことを忘れてしまいがちです。どんなときでも、南無阿弥陀仏と口に出し、阿弥陀さまとの〝親縁〟を深めて参りましょう。
(山口県柳井市 専称寺 沖村宏明)
JASRAC 出 1910903-901

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