浄土宗トップページ > 今月の言葉 > 心は同じ 花のうてなぞ

今月の言葉:2020年03月

心は同じ 花のうてなぞ

Reciting Namu Amida Butu ensures a future meeting with the dear departed in the Pure Land.

 つい先日のこと。「お父さんありがとう。私もいつか必ず行くから待っててね」。葬儀が終わりお棺に花を手向ける時に、亡くなった旦那さんに対して奥さんが話しかけていました。故人の身体が綺麗に残っているうちはまだ身近に感じられますが、火葬場に来ていよいよ本当の別れがやってくると、今まで抑えていた思いが溢れ出します。
 一生の間にどんな人と出会い、どのような経験をするのかは人によって様々ですが、大切な方を亡くす悲しみから逃れられる人は殆どいないでしょう。
 これは葬儀をつとめる私も例外ではなく、正直にいいますと、お檀家さんの中でも普段から特に親しく接していた方の葬儀の時には涙をこらえながらお話をすることもあります。まして大切な家族や長年交流を深めてきた人を失えば、もっともっとつらく悲しい思いをするのでしょう。
 法然上人は、「つゆは ここかしこにて きえぬとも 心は同じ 花のうてなぞ」と仰せになりました。これは、出会いがあれば必ず別れがくるのはこの世の常であるという意味です。私たちは朝露のようなはかない存在でありますが、お念仏をしっかりおとなえしていれば、阿弥陀さまとのご縁によって必ず極楽浄土で再会を果たすことが出来ると法然上人はお示しになられました。
 昨年、月命日のごこうにお伺いしていたお檀家さんご夫婦が亡くなりました。数年前まではお二人ともお元気でしたが、奥さんは晩年認知症を患い、奥さんが亡くなった3カ月後、旦那さんも後を追うように亡くなりました。ご回向中、最後に奥さんとお会いした時は、笑顔で出迎えてくださったことを思い出し胸が痛みました。娘さんによると、旦那さんは認知症を患った奥さんの面倒をみて、晩年に奥さんが施設に入られた後もいつも気にかけていたそうです。
 「父は母が亡くなったことで生きる張り合いを失ってしまったのだと思います。でも仏さまのところにいったら、また元気なころの母に会えて父もホッとしているかもしれませんね」と娘さんが話されました。
 いつか必ず、私もこの世を去る時がやってきます。その時には必ず阿弥陀さまのお迎えがきて、極楽浄土に往生させていただくことができます。
 生前お世話になった方々と極楽浄土での再会を喜び合えるよう、これからもお念仏に励んでまいります。

(神奈川県横須賀市 不断寺 杉浦尋徳)

ページのトップへ戻る