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今月の言葉:2020年11月

ちょっと不便でちょうどいい

Being content with what you have leads to happiness.

皆さまはキャンプに行かれたことはありますか?

普段の生活から考えたらキャンプは不便なことの連続です。テントを張り、炊飯器やコンロもない所で火を起こし、うまく炊けるか分からないご飯を待ち、フカフカのベットでなく寝心地の決して良くない寝袋で寝なければなりません。夏ならば虫を気にしながら、冬ならば寒さ対策も必要です。こんな不便な生活ではありますが、私は普段の生活の便利さを再認識できるキャンプがとても好きです。

われわれの生活はひたすら便利さを追求して、日々進歩しています。それに伴い、確かに生活は快適になりましたが、心はどうでしょう? 便利になった分だけ不満を感じてしまうことが増えたような気がします。

蛇口をひねれば水が出て、ボタン一つで温かいご飯がいただけることが当たり前になっていますが、便利になって物事が簡単にできてしまうが故に、それに対する「ありがたさ」を感じにくくなっています。身の回りにあるものが便利で当然という感覚に陥ってしまい、少しでも不便さを感じると、不満をいだいてしまいがちです。

人間の欲求はどんなに便利になったとしても、とどまることはありません。われわれの心は、便利さでは満たされないのです。このことを今一度しっかりと受け入れ、意識しなければならないと思います。

仏教にはしょうよくそくという教えがあります。欲を少なくして足ることを知るという意味ですが、これを法然上人はそくしょうよくと言い換えています。これは足りていることを喜ぶ、今あるものに感謝することの大切さを説いています。

水道の蛇口をひねって水が出るのは、そこに蛇口を付けてくれた人、水道管を引いてくれた人、水質を管理してくれる人のお陰であり、もっと言えば自然のお陰であるということでもあります。この考えを意識することができれば、自ずと身の回りの全ての物事に感謝の気持ちを持てるようになります。

不便なときほど、その便利さ、つまり、「ありがたさ」を再認識することができます。そして感謝できることによって心の充実も感じられます。

われわれ人間は、ちょっと不便なくらいの方が、ちょうどいいのかもしれませんね。

(南米 クリチバ日伯寺 大江田晃義)

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