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今月の言葉:2021年07月

どうなるかよりどうするか

First, act. Your feelings about it come later.

「えっ、今度の月曜から学校休み!?」。全国的なコロナ禍による休校のニュースに驚いたのは昨春のことでした。私も仕事があり、毎日子どもたちの相手をするわけにもいきません。小学生の二人の娘が、どうやって長い期間を過ごすのだろうかと心配になりました。

ところが、いざ休校になってみると、私の心配をよそに意外と楽しそうに過ごしています。長女は漫画、次女は何故か算数のワークにはまっていたようです。成績がアップしたかどうかはわかりませんが、そんな前向きな二人の姿には随分勇気づけられました。

「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」という言葉があります。ここで言う武士は「食えない」のではなく、「食わない」のです。同じ高楊枝を咥(くわ)えていても「食えない武士」であればどことなく悲壮感が漂ってきます。きっと目の前に食事が出てきたら飛びつくのでしょう。

一方「食わない武士」であれば、ある種の美しさを感じます。おそらく自ら積極的に食わないことを選んでいるからです。食えないのか、食わないのか。受動か能動か。「え」と「わ」の一文字だけで、まるっきり正反対の印象を持つのが面白いところです。つまり、自分の生き方が環境や他人によって決められるのか、自ら積極的に選ぶのかの違いです。

コロナ禍によって私たちは、さまざまに我慢を強いられてきました。休校もそうですが、不要不急の外出や外食、仕事であっても自粛を求められたのです。そうやって我慢を強いられているときは「これからどうなるのだろう」「いつまで続くのかな」と皆が不安に思います。

そんなとき、我慢をさせられていると思えばまさしく「食えない武士」で、この機会に何か少しでも前向きに取り組んでみようと思い、実践するならば「食わない武士」です。私自身は娘たちを見習って、いつもは手を出さないような読書に挑みました。また習慣にしている朝のランニングでも距離を少しだけ伸ばしてみました。

もちろん、必ずしも新しいことに取り組む必要はないように思います。それでも今、自身の行動について、それを自己の選択であると思い直したとき、「では、どうするか」と小さな一歩が踏み出せるのではないでしょうか。

(群馬県高崎市 安國寺 松岡法之)

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