浄土宗トップページ > 浄土宗の活動 > 今月の言葉 > こだわり捨てて 心のびやか

今月の言葉:2017年04月

こだわり捨てて 心のびやか

A mind free from attachments is a liberated mind.

「もっと肩の力を抜いて! そうそう! 伸ばして!」
 高校生の時、弓道部に所属していた私が顧問の先生からよく言われたことばです。弓道は28メートル先の的を矢で狙う武道。左手で弓を持ち、右手で矢を番えた弦を引くという単純な動きではありますが、実際には身体全体の力を使わないと矢はまっすぐ飛びません。中りはじめるようになると「中てなきゃいけない」「もっと中てたい」という気持ちが、的を見るたび沸き起こるようになり、肩に余計な力が入ってしまいます。すると矢は的の手前で落ちたり、明後日の方向へ飛んでいったりしてしまうのです。
 「なんで中らないんだ」。そう悩んでいると、よく「的にこだわるな」と言われました。そのことばのとおり、的に意識をとらわれないよう、はやる気持ちを抑えながら弓を引いていく。しかしまた欲が沸く、その繰り返しです。まさに自分自身との戦いといえましょう。そういった気持ちを抑える鍛錬の過程こそ、弓道の醍醐味なのかもしれません。
 「もっと〇〇したい」「〇〇でなくてはならない」という心は、私たちが誰しも起こすもの。この心を仏教では煩悩(執着する心)といい、簡単に言えば「こだわりの心」です。それがときに私たち自身を苦しめることもあります。過度な思い込みや期待、偏見、先入観などで肩に力が入り過ぎると、ものを見る目が曇ってしまう。そんな時は一度そこから離れて自分を見つめるのも大切なことです。

池の水 人の心に似たりけり
濁り澄むこと 定めなければ

これは法然上人が詠まれたお歌です。上人は、私たち人間の心というものはまるで池の水のように濁ったり澄んだりして、定まることがないものだ、とおっしゃっているのです。「こだわりの心」があるゆえに迷い、苦しみ、欲に振り回されてしまう。そんな煩悩にまみれた存在である私たちを「凡夫」といいます。上人は、自己を省みて、凡夫としての自覚を持つことが大切であると説かれました。厳しく自己を見つめられたその姿勢をいただいて、日々煩悩にまみれながらも、ただひたすらにお念仏をおとなえしたいものです。
 「もっと肩の力を抜いて! そうそう! 伸ばして!」。ありのままの自分を見つめ、お念仏の道を進んでいる私たちは、必ず阿弥陀さまに救い導いていただけるという大いなる安心があるのですから。

(長野県駒ヶ根市 安楽寺 飯田英心)

ページのトップへ戻る