浄土宗ニュース:2019年10月

西光寺(愛知・単立)「結縁経」に

「源空」(法然上人)の署名を確認

 愛知県津島市にある西光寺(浄土宗系単立)が所蔵する水落みずおち地蔵菩薩像じぞうぼさつぞう(国重文)から見つかった「一行一筆結縁経いちぎょういっぴつけちえんきょう」といわれる写経に、「源空げんくう」という署名があることを、多摩美術大学教授で宗教文化史、日本美術史を専門とする青木あつし氏が確認した。「源空」とは法然上人の僧侶としての正式な名で、正しくは法然房ほうねんぼう源空という。上人の署名は数が少なく、真筆しんぴつであれば非常に貴重なものとなる。
「一行一筆結縁経」とは、仏教に縁を結ぶこと、寺院や仏像建立の協力を募ることなどを目的に一行ずつ筆記者を変えながら経典を書き写すもの。同寺の結縁経は、『無量義経むりょうぎきょう』『観普かんふ賢経げんぎょう』の2巻で、署名が見つかったのはそのなかの一行。
 同結縁経は平成26年に水落地蔵菩薩像が解体修理された際、泥でできた仏像や印仏いんぶつ(仏教版画の一種)とともに見いだされたもの。法然上人が署名をしたとされる一心いっしん蔵(大阪)の「一行一筆結縁経」(『阿弥陀経あみだきょう』『般若心経はんにゃしんぎょう』の2巻)との関係が指摘されていた。
 青木氏は、1年ほど前から地蔵菩薩像の納入品の調査を行っており、そのなかで西光寺結縁経の「源空」とみられる署名に、一心寺結縁経のものと筆の運びに共通性が見られることや、すぐ隣に法然上人に常に付き従っていた弟子・長尊ちょうそんの名があることなどから、上人の署名であるとの結論にいたったという。
 西光寺の結縁経には、初期浄土宗の高弟はじめ、臨済宗の開祖・栄西えいさいとみられる署名が見つかっていることから、当時の法然上人を取り巻く状況を明らかにする新たな史料になると期待されている。
 青木氏は「法然上人と他宗の僧侶のつながりをこれほど如実に示す資料はありません。浄土宗はもちろん日本仏教史に一石を投じる史料です」と話してくれた。
 編集部では、青木氏と法然上人の研究を専門とする林田康順師とともに、西光寺を訪れ、確認の経緯やこの発見から見える法然上人の姿について語ってもらった。

台風15号関東を直撃

寺院・檀信徒に被害

 9月8日から9日にかけて関東地方に猛威をふるった台風15号は、死者1名・重軽傷者180名(内閣府発表・9月17日現在)の人的被害のほか、多くの家屋に被害をもたらし、各地に大きな爪痕を残した。
 浄土宗に寄せられた情報によると、茨城教区1カ寺、東京教区2カ寺・千葉教区18カ寺、神奈川教区5カ寺(9月12日現在)が被害を受けたほか、檀信徒も被災した。
 特に千葉教区の状況は重く、客殿きゃくでんの屋根が半分以上飛ばされる、鐘楼堂しょうろうどうの倒壊、墓石の傾斜・転倒の被害が出ている。
 とりわけ風の影響を強く受けた千葉県南部に位置する鋸南町きょなんまち浄蓮寺じょうれんじ郡嶋晨定ぐんじましんじょう住職)は、本堂屋根が全て飛び、庫裏くり(居住場所)、客殿の瓦も多数飛散した。雨漏りによる浸水も深刻で、本堂や庫裏が使用不可となっている。
 南房総市みなみぼうそうし長泉寺ちょうせんじ本間誠章ほん ま せいしょう住職)でも強風で瓦が飛散。雨漏りによる浸水で本堂の荘厳しょうごんや壁が剥離はくりするなどの被害があった。本間住職は、「寺院のみならず、多くの一般家屋も屋根や瓦が飛びました。建設業者も手いっぱい。応急物資でブルーシートが入手できても、自ら本堂屋根や庫裏2階に登って張ることができない」と話す。
 被災当時、停電の影響でテレビ、携帯電話、インターネットが使用できず、スーパーマーケットやコンビニは休業となり、生活物資はボランティアに頼る状態だった。
 千葉教区や浄土宗青年会では被災寺院へ救援物資(食料・応急物資など)の提供や、瓦礫撤去、屋根にブルーシートを張るなどの支援のほか、SNSを活用して、被害状況の共有、ボランティア支援の呼びかけをしていた。

写真左:浄蓮寺庫裏ベランダから本堂を撮影した様子。本堂屋根が全て吹き飛び、本堂・格天井(ごうてんじょう)が野ざらしになっている。庫裏ベランダに溜まった土砂・瓦礫を、同寺住職の長男・郡嶋泰威(たいい)師が撤去している
( 9 月11日撮影)

写真右:長泉寺本堂の様子。雨漏りによる内陣土壁が崩れる( 9 月11日撮影)

台風15号のお見舞い
 9月8日から9日にかけて関東地方を縦断した台風15号は、関東地方に甚大な被害をもたらしました。
 各地で被災されましたご寺院、並びに檀信徒の皆さま、被災各地域の皆さまにお見舞いを申し上げます。また、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧復興を祈念いたします。

合 掌

令和元年9月18日

浄土宗新聞

大本山清浄華院 第82世前法主

真野龍海名誉法主 ご遷化せん げ


 大本山清浄華院しょうじょうけいん第82世・真野まの龍海りゅうかい名誉法主ほっすが9月9日早朝に逝去され、極楽浄土に正念往生しょうねんおうじょうを遂げられた。世寿98歳(満97歳)。
 真野名誉法主は大正11年滋賀県生まれ。昭和19年10月大正大学仏教学部卒業。その後、同46年同大教授、63年同大学長。宗内では昭和38年東京都港区の天光院住職。平成22年、大本山清浄華院第82世法主に就任され、2期8年にわたり法主を務められた。
 国内各地で法話される「ご巡教じゅんきょう」のほか、浄土宗ヨーロッパ仏教センターとの交流も篤く、フランス・パリで布教をされるなど精力的に教えを広められた。
 通夜および密葬儀は近親者のみで営まれた。表葬儀(本葬)は11月に行う予定。 法名は「延壽光院弘蓮社大僧正宣譽上人道阿説欧龍海大和尚えんじゅこういんこうれんじゃだいそうじょうせんよしょうにんどうあせつおうりゅうかいだいかしょう」。

写真:真野龍海名誉法主

ハンセン病患者救済に生涯を尽くす

忍性上人像 生誕の地に

 ハンセン病患者の救済をはじめ、社会的弱者の支援に尽くした鎌倉時代の僧・忍性にんしょう上人(1217‐1303)を顕彰しようと、上人の出身地である奈良県三宅町みや け ちょうの浄土寺住職、藤田能宏のうこう師(75)が発願した木造「忍性上人菩薩 ぼ さつ像」がこのほど完成した。
 国による隔離政策や、誤った理解による風評など、長く差別的に扱われてきたハンセン病患者だが、忍性上人在世の鎌倉期には「前世での悪業あくごうがもたらした罰」として考えられ、過酷な状況下での生活を強いられていた。上人は「社会的弱者だからこそ救われなくてはならない」と、自ら看病にあたり、生活・職業自立支援なども行ったという。
 藤田住職は忍性上人の業績が地域でもあまり知られていないことを残念に思い、上人が後半生を過ごした神奈川県鎌倉市・極楽寺などの関係寺院と連携し平成13年、三宅町に誕生の地を表す記念碑を建立、またその生涯を絵本として刊行し、町内の小中学校に配布するなど周知に努めてきた。認知度が高まるにつれ、「上人のお参りがしたい」との要望が増えたことから10年前、仏師で橿原かしはら市・正楽しょうらく寺住職の吉水快聞かいもん師(37)に像の制作を依頼していた。
 完成した像はヒノキの寄木よせぎづくりで高さ85㌢。唯一現存する極楽寺の忍性上人像を三次元計測して調査、彫刻されたもので、著色は西大寺(奈良市)に残る掛け軸などを参考にした。7月14日に町内のホールで町民420名が集まるなか開眼法要が営まれ、現在は浄土寺本堂に安置されている。
藤田住職は「上人は目の前で困っている人を必死で助け続け、最後には″患者こそが仏である〟との言葉を残された。そこには損得ではなく、現代に通じる仏教の生き方があり、その心を感じてほしい」と話す。参詣は事前連絡を。浄土寺=0745(43)1441。

写真左:忍性上人 鎌倉時代・真言律宗の僧。母の菩提(ぼだい)を弔うため16歳で出家、奈良・西大寺叡尊(えいそん)の弟子となる。生涯を社会事業に尽くし、「生きる菩薩」と謳われた。ハンセン病患者のための日本最初の施設として奈良市に残る「北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんこ) 」は忍性上人が開設したと伝わる。

写真右:監修した絵本『忍性さん』を持つ藤田住職

京アニ放火事件 四十九日法要

関係者、市民ら参列 大本山清浄華院

 京都市伏見区の京都アニメーションで発生した放火事件犠牲者の四十九日しじゅうくにち法要が9月5日、同市上京区の大本山清浄華院しょうじょうけいんで営まれた。
 放火事件は7月18日、京都アニメーション第一スタジオに41歳の男(当時)がガソリンを撒いて放火。社員69名が被害にあい、うち35名が死亡、34名が負傷した。
 清浄華院では、有志僧侶らが「僧侶としてできることを」と、事故発生後一週間の7月25
日から初七日しょなのか法要をはじめ七日ごとの法要のほか、月命日など、これまで10回法要を営んできた。同院は天明てんめい8年(1788)の「天明の大火」や元治げんじ元年(1864)の「元治の大火」が起きた際に法要を営み、火災の犠牲者を供養してきた歴史がある。
 法要は事前にホームページで告知し、犠牲者の関係者、市民ら10名が参列。極楽浄土の様相が描かれる「當麻曼陀羅たいままんだら」を掲げ有志僧侶7名が勤めた。祭壇には亡くなった35名の水塔婆みずとうばまつり、回向えこうでは「抜苦与楽ばつくよらく 超生ちょうしょう浄土じょうど」(意訳=どうか阿弥陀さま、苦しみを除いてください。安らかなるお浄土へお導きください)と、参列者とともに念仏をとなえた。
 同院職員の松田道観どうかん師(37)は「私自身、辛いときに京アニさんの作品に救われました。事件現場の献花台もなくなり、誰もが集える祈りの場が必要では」とし、今後も百カ日、一周忌の法要を勤める予定という。

写真:大殿で営まれた法要。参列者は手を合わせ、焼香を捧げた。

告知 大殿改修前 最後の十夜法要

鎌倉・光明寺 10月12日~15日

 
 神奈川県鎌倉市の大本山光明寺こうみょうじ柴田哲彦しばたてつげん法主ほっす)が、10月12日から15日まで十夜法要を厳修ごんしゅする。大殿だいでん(本堂)が来年3月から改修工事に入るため、現大殿では最後の法要となる。
 大殿は元禄11年(1698)の建立。現存する木造の建築では鎌倉最大規模の大堂とされるが、老朽化にともない10年をかけての大修理に踏み切ることとなった。
 同寺の十夜法要は、第9世観譽祐崇かんよゆうそう上人しょうにんが、後土御門ごつちみかど天皇より法要を営むことを勅許ちょっきょされた歴史あるもので、引声いんぜい阿弥陀経あみだきょう引声念仏いんぜいねんぶつなど古式に則り法要が勤められる。
 期間中は12日15時からの開白法要かいびゃくほうようを皮切りに13、14日は各日5座の法要のほか、法話、僧侶などによる行列、雅楽奉納ががくほうのう稚児礼讃舞ちごらいさんまいなどが10時から20時ごろまで。15日7時の結願けちがん法要で閉じる。境内参道には露店が終日立ち並び、山門特別公開(10時~16時)も。貴重な現大殿での十夜法要、ぜひご参詣を。

【大本山光明寺】住所:神奈川県鎌倉市材木座6‐17‐19
【アクセス】JR横須賀線「鎌倉駅」から京急バスで「光明寺」下車徒歩1分。

十夜法要とは
「お十夜」ともいい、全国の浄土宗寺院で秋ごろに営まれる法要です。
 浄土宗で拠りどころとする経典の一つ『無量寿経むりょうじゅきょう』の中に、「煩悩ぼんのうの絶えないこの娑婆しゃば世界で、十日十夜じゅうにちじゅうや善行ぜんぎょうを積むことは、仏の国で千年の善行を修すよりも勝れている」と説くことに由来します。
 近年では数日あるいは一日で行うことも多くなりましたが、光明寺、または菩提寺の十夜法要に参詣し、穏やかな心でお念仏をおとなえするひと時をお過ごしください。

写真:僧侶や稚児による法要前の行列

告知 法然上人絵伝~親鸞が追い求めた師の姿~

山梨県博物館 10月12日~11月25日

 
 山梨県立博物館が企画展「法然上人絵伝~親鸞が追い求めた師の姿」を10月12日から11 月25日まで開催する。
 同館所蔵の「法然上人絵伝」は、鎌倉時代(14世紀)に描かれ甲州市勝沼町の浄土真宗寺院万福寺に伝わったもので、掛軸形式の絵伝の中では最古級の作品。重要文化財に指定されている。第一幅には上人の誕生から大原談義まで、第二幅には配流から滅後までの物語が描かれている。
 期間中は大阪大学名誉教授・平雅行氏よる講演会「法然上人のあゆみと親鸞」や、子ども向け企画「法然上人をさがせ!」などのイベント多数。
 
場所:山梨県立博物館(笛吹市御坂町成田1501- 1 )
開館時間: 9 時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:火曜日(10月22日は開館)、10月23日
観覧料:一般1000円、大学生500円 ☎:055(261)2631

写真:山梨県立博物館『法然上人絵伝』第二幅(部分)

被災地で心のケア支援

共生・心の会 設立


 被災者の心の健康を取り戻すため「心のケアプロジェクト」と題し、被災各地で傾聴けいちょう活動を行う臨床宗教師や研修を受けた僧侶・寺族(住職の家族)ら22名が「共生ともいき・こころの会」(伊藤顕翁けんのう会長=東京・安楽寺住職) を設立、〈悲しみ、苦しみを抱えている人に寄り添う〉〈ネットワークを深めて繋がる〉〈研修研鑽を行いすぐに被災地に入れる体制をつくる〉ことを理念に、9月12日、仙台メディアテークで総会を行った。
 東日本大震災をきっかけに活動してきた彼らは石巻や気仙沼の寺院で開かれる遺族の会などで心のケアを行うほか、熊本地震の際は地元の支援スタッフへの指導にもあたってきた。
 これまでは、被災地にある寺院から要請を受けた(公財)浄土宗ともいき財団がスタッフを取りまとめて現地へ入っていたが、今後は会が支援活動を継続し、現地のお寺と直接やりとりをして必要な人数や期間などの相談が可能という。
 同財団が運営する「心といのちの電話相談室」相談員でもある伊藤会長は「今後も被災者の辛い気持ちに寄り添いたい」と意気込みを語った。

写真:総会で挨拶する伊藤顕翁会長

浄土宗デジタル構想

学術大会で浄総研発表

 浄土宗の学問進展を目的に行われる研究発表会「浄土宗総合学術大会」が9月4・5の両日、東京都の大正大学を会場に開かれ、55名が研究発表を行った。
 このなか、5日のパネル発表では「浄土宗関連情報デジタルアーカイブ構想」として浄土宗総合研究所から発表が行われた。研究員は、昨年開設した「WEB版 新纂浄土宗大辞典」が月に10万アクセスある成功例とし、経典、美術のアーカイブ化、法要、儀式を音声・動画化することで辞典とリンクすることも可能と提言。宗内に様々あるWEB情報の「入り口」が辞典になることで、情報の正確さも保てるとした。

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