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浄土宗ニュース:2017年04月

東日本大震災 七回忌 伊藤猊下御親修で宮城教区が法要
生きた証、絆 忘れずに

あの日から6年―。東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城、福島の各教区では様々な想いが入り混じるなか、東日本大震災物故者七回忌法要が厳修された。

宮城教区は3月10日、仙台市若林区の愚鈍院(中村瑞貴住職=教区長)で、浄土門主伊藤唯眞猊下御親修のもと七回忌法要を営んだ。
教区内の遺族、檀信徒90 名が参列するなか、法要前に中村教区長が「皆さんが時を同じくし、手を合わせてお念仏をとなえ、亡き人、ふるさとを想う時間を共有していただければ」と語りかけた。

法要は伊藤猊下を導師に、豊岡鐐尓浄土宗宗務総長、教区内僧侶30名が勤めた。物故者回向で猊下は、1292名の浄土宗寺院檀信徒の法名(戒名)が記された回向帳を1頁ずつめくりながら供養、震災で亡くなった全ての人々へ祈りを捧げられた。

法要後、猊下は「悲しいこと、苦しいこと、いろいろな想いが皆さまの胸中を去来すると存じます。しかし、悲しみが深ければ深いほど、その方といかに強い絆で結ばれていたかという証です。その絆、生きた証を忘れてしまうことが世に言う″風化〟ということでありましょう。悲しく、辛い想いを抱えることは人の常。それでいいのです。命ある私たちは、これからも様々な人と絆を深め、助け合って生きていかなければなりません」と遺族、檀信徒にやさしく語りかけられた。

被災2カ寺へお見舞い

伊藤猊下は法要に先立ち同日午前、津波で甚大な被害に遭った浄土寺(仙台市若林区荒浜=中澤秀宣住職)、照德寺(同宮城野区岡田=中澤康博住職)へお見舞いに訪問された。

浄土寺は荒浜海岸の程近くにあり、震災の津波により本堂、庫裏などすべてが流され、近隣の檀信徒宅も大きな被害に遭った。同地での再建が困難であることから、約2キロ内陸の仙台東部道路沿いに本堂、庫裏を新築し、3月に竣工したばかり。
中澤住職、寺族、檀信徒が真新しい本堂でお迎えすると、猊下は一人ひとりにお見舞いの言葉をかけられた。「生活はいかがですか」と声をかけられた70代男性は「毎日精一杯振り絞って…」と言葉に詰まりながら現状を語り、猊下に感謝の想いを伝えていた。

浄土寺本堂で檀信徒に話しかけられる伊藤猊下。平成23年夏にも訪問されている

福島・宮城で復興支援行事
泣いて 笑って 共に生きよう

各教区では復興の一助になればと、法要以外にもコンサートなど多様な行事が行われた。

詠唱で心に落ち着き ~ 南相馬市 淨圓寺

福島県南相馬市の淨圓寺(廣畑見祐住職)は3月9日、「心つなごう!」と銘打ち、浄土宗、福島教区の共催で、法要やコンサートなどを行った。

同寺は福島第一原発から約34キロ。地震直後、廣畑住職は、妻で副住職の心香師と相談し、避難はせず寺を守ることを決めた。放射能という見えない脅威のなか、本堂で散乱した仏像や仏具の整理を始めた。その際、詠唱のCDを持ち込み、大きな声で唱えながら行ったことで、不思議と気持ちが落ち着いたという。

また、震災後には地域のために幾度となく復興支援行事を開催、その際にも同寺詠唱講の会員と共に運営するなど、″歌〟を通じて前を向いてきた経緯がある。

当日は、廣畑住職を導師に心香副住職ら寺族によって法要が営まれ、途中随所で詠唱講の和讃が響きわたった。
法要後には檀信徒による民謡や踊りが披露され、応援に駆けつけた時津風部屋力士との相撲甚句では聴衆も一緒になり「あードスコイ!」と掛け合い、堂内は大いに盛り上がった。

午後には歌手の庄野真代さんによるコンサートも開かれ、生演奏に合わせ堂内に響く庄野さんの歌声に、聴衆は聞き入っていた。

被災者との茶話会も ~ 宮城教区

宮城教区(中村瑞貴教区長)では3月9日、浄土宗との共催で「復興支援コンサート」を仙台市内のホールで開催した。
同教区と浄土宗が、翌日に営まれる七回忌法要の前に少しでも癒しの時間をすごしてほしいと企画。

コンサート前には、津波被害に遭った教区内の浄土宗寺院檀信徒を対象とした茶話会が開かれ、コンサートに出演する庄野真代さん、さとう宗幸さん、PaiX2(ペペ)が共に語り合った。檀信徒の一人が「これまでどれだけ歌に勇気づけられたか。復興には必ず歌の力が必要です」と話す場面があった。

コンサートでは「飛んでイスタンブール」や「青葉城恋唄」などのヒット曲のほか、最後には出演した3組がそろって登壇。歌手のさだまさしさんが平成23年の法然上人八百年大遠忌を記念して制作した「いのちの理由」を会場の檀信徒100名と共に合唱した。
福島、宮城いずれにも、頬に涙を伝わせる聴衆が多かったが、それでも共に歌うことで晴れやかな表情になっていたのが印象的だった。

宮城の復興支援コンサートのラストで聴衆と共に「いのちの理由」を歌う出演者。
左からペペのマナミさん、さとう宗幸さん、庄野真代さん、ペペのメグミさん

岩手県 釜石~盛岡120キロ
善明寺 江本英卓師が「追悼ラン」

岩手県遠野市・善明寺の江本英卓師(34)が3月11日、盛岡市で開催された震災復興イベント「祈りの灯火2017 あの日を忘れない」の灯籠に点火する火種を運ぶため、釜石市から盛岡市までの120キロを走る「追悼ラン」を行った。

「震災を忘れないために、自分にできることは走ることです」

出発前にそう意気込みを語った江本師は、久慈市山形町生まれ。中学から本格的に陸上競技をはじめ、東京消防庁に勤務してからも陸上部に所属した。善明寺の長女清夏さんとの結婚を機に浄土宗僧侶となり、現在は同寺で法務にあたる傍ら、岩手県選抜ランナーとして現役を続けている。
昨年8月、台風10号の豪雨で被害に遭った同県岩泉町でボランティアを行った際に、今回の実行委員と知り合い「走ることで故郷の役に立てるのであれば」と、120キロの走破を決意した。

当日は、野田武則釜石市長からガス灯を分灯され、午前5時にJR釜石駅をスタート。経由地の遠野市では、善明寺住職で師僧の林英道師が応援に駆けつけ「まだまだ元気そうだ。がんばれ!」と、エールを送った。

まだ路面に雪が残る峠を越える際には、体は冷え、足元も滑りやすく過酷な状態となったが、市街地に入ると多くの地域の人々が沿道で声援を送り、なかにはボードに「ありがとう!」と掲げる人もいた。

盛岡市内に近づくとその足取りは″ラストスパート〟とばかりに軽やかになり、午後4時32分、多くの市民が待ち受けるゴールの岩手公園歴史文化会館に到着した。

引き続き点灯式が開かれ、運んできた火種を谷藤裕明盛岡市長に手渡した。会場には震災遺族や市民らが製作した灯籠約千基が並べられ、一つひとつにその灯火を点火。温かみのある灯籠の明かりの中で、震災で亡くなられた人々への追悼の想いを一つにした。

完走後、江本師は「年月の経過のなかで″あの日〟起こったことは、どうしても風化してしまいます。僧侶としては、供養するのが本来の役目かも知れませんが、このような形で伝えられることもあると思った」と語り、今後も様々なかたちで故郷への復興に寄与していくとした。

左=スタートから58キロ地点の遠野市を疾走する江本師。体に痛みはでたが、被災者を想い、足を止めることはなかった
右=灯籠には各々のメッセージが込められた

2時46分に“ともいきの鐘” 追悼の想い 響く
岩手・大船渡市 浄願寺

岩手教区(武田眞和教区長)が3月11日、大船渡市の浄願寺(鬼海信隆住職)で東日本大震災物故者七回忌法要を厳修。大地震発生時刻には同寺境内の“ともいきの鐘”が打ち鳴らされた。

ともいきの鐘は、震災で亡くなった鬼海住職の姉・仁美さんと、姪・由夏さんの供養にと平成24年8月に境内に建立したもので、月命日の毎月11日には誰でも撞くことができる。

当日は法要の後、武田教区長、鬼海住職、淺野義光浄土宗総長公室長が代表し、2時46分に鐘を撞いた。引き続き遺族、檀信徒らがそれぞれ鐘を撞き、追悼の想いが込められた鐘の音は町内に響いた。

母親を亡くしたという遺族の一人は「母がすぐ近くにいるような気がした」と、また、親戚を亡くしたという檀信徒は「たくさんの方に供養していただいてありがたい。きっと喜んでいます」と語ってくれた。

福島教区が増上寺で震災法要
東京在住の檀信徒に祈りの場を

福島教区(斎藤裕慈教区長)は2月22日、東京在住の檀信徒が共に祈りをささげられるようにと、東京都港区の大本山増上寺で七回忌法要を執り行った。3月8日にいわき市の浄應寺で開かれた七回忌法要に先立ち勤めたもの。

近年、地方から都市部への人口流出が増加しており、福島県内でも仕事の関係などで東京近郊に一家で移住する檀信徒が多いという。今回の法要は地震、津波、そして福島第一原発事故で大きな被害に遭った″ふるさと福島〟を想い、離れていても祈りを捧げたいとの檀信徒の気持ちをくんで企画された。

当日は、斎藤教区長を導師に福島教区内の僧侶23名が法要を勤め、集まった78名の檀信徒と念仏をとなえて共に祈りを捧げた。
法要後、斎藤教区長は「今日は来られていないが、原発の影響で避難されている檀信徒もいらっしゃる。今後も続けていきたい」と、継続に含みを持たせた。

天台座主を導師に迎え
恵心僧都一千年遠忌法要 ~ 知恩院

日本における浄土教の基礎を確立した天台宗の僧・恵心僧都源信(942 -1017)の遺徳をたたえ、総本山知恩院(伊藤唯眞門跡=京都市東山区)と天台宗総本山延暦寺(森川宏映座主=滋賀県大津市)が2月17日、知恩院の法然上人御堂で「恵心僧都一千年御遠忌報恩法要」を修した。

源信の主著『往生要集』に説かれる浄土教思想は法然上人の心を打ち、称名念仏の宣揚、さらには浄土宗の開宗へとつながる多大な影響を与えた。源信の一千回忌を迎えた昨年、浄土宗はその功績をたたえ、伊藤猊下を導師に延暦寺で法要を厳修したが、今回は森川座主が知恩院をおとずれて導師を勤められた。知恩院で天台座主を導師に迎えるのは歴史上初めてという。

多くの檀信徒で埋まった堂内には両宗派の僧侶が参列し、天台宗の伝統的な勤行「声明例時」をもととした法要は、知恩院の「甲念仏」や延暦寺の「着座讃」など、両寺院に伝わる声明(抑揚を付け経文などを唱えること)を取り入れて勤められた。
伊藤猊下は法要後、源信が僧俗を問わず念仏の教えを広められた功績をたたえ、「念仏を〝絆〟とする私たちは、手を組み合って混迷する世の中を明るくしていかなければなりません」と力をこめられた。

法要中、堂内には源信の御影が掲げられた

220年ぶりの里帰り 5月に祐天寺が対面法要

「祐天上人本地身地蔵菩薩」がおよそ220年ぶりに祐天寺(巖谷勝正住職=東京都目黒区)へ里帰りを果たす。
祐天寺では開山の祐天上人(1637 – 1718)の300回忌を記念し行われる「祐天上人三〇〇年御遠忌」のなか、現在同寺の地蔵堂に安置しているもう1体の地蔵菩薩像との対面式を5月13日に営む。

増上寺36世も務めた祐天上人は、徳の高さから〝地蔵菩薩の化身〟とあがめられた高僧。祐天上人本地身地蔵菩薩の名称はこれに由来する。祐天寺にある像は、時の松本藩主・水野忠周の得た祐天上人の化身であるとの夢告により現在の長野県松本市にあった光明院に祀られたものを、寛政9年(1797)に祐天寺が譲り受けたもので、その代わりに祐天寺が地蔵堂に安置していた地蔵菩薩像を光明院へ贈っている。

その後、光明院は明治時代の廃仏毀釈により廃寺、像の所在もわからなくなっていた。昨秋、祐天寺が行方を捜索していたところ松本市の曹洞宗生安寺に、特徴の似た地蔵菩薩像があるとの情報が入った。巖谷住職らが現地に赴き調査したところ、像の台座に「祐天大僧正 本地身 地蔵大菩薩」と記されていたことなどから、探していた像であることが判明、約100年ぶりの発見となった。
祐天寺では、5月13日から15日まで様々な記念事業を予定。前述の対面式(祐天上人本地身地蔵菩薩対面式)は、午前11時から地蔵堂で。2体そろった姿は期間中の午前10時から午後4時に同堂で特別公開。仏舎利殿1階の宝物展示室では、宝物展「祐天上人の生涯」も拝観(無料)できる。

江戸時代に交換された2体の地蔵尊。左が昨年生安寺で見つかったもの

「氣の活用」研修 大正大空手部・カヌー部

浄土宗宗立学校の大正大学(東京都豊島区)の空手部とカヌー部の部員ら約50名が1月24日、学内の武道場で「スポーツにおける氣の活用法」を研修した。

NPO法人「氣の活用コム」理事長で浄土宗僧侶の岡村隆二師の講義と実技指導を受け「氣とは生命力であり、心と身体を統一したときに氣が発揮される」と、心身を統一する方法などを教わった。

昨年8月に開催された第52回全日本学生カヌー選手権大会でシングル200メートル連覇を果たし、2020年東京オリンピックの強化選手に登録されているカヌー部3年(当時)の森田考博さんは「練習で気持ちが滅入ったとき、今回の研修で学んだことを思い出して前向きに行動したい」と語った。

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