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連載 仏教と動物  第5回 鹿にまつわるお話

2021年10月01日

イラスト 木谷佳子

お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。

第5回目は、親しみがありなじみ深い動物「鹿」を取りあげます。

 

神聖な動物

日本最古の歴史書とされる『古事記』に、足柄(あしがら)の坂下(神奈川と静岡の国境にある足柄峠の周辺)で坂の神が白鹿になって現れた、との伝承があるように、神が鹿となって現れる例がよく見られます。

また、奈良県にある春日(かすが)大社は鹿を神の使いとしていますが、人々はこの春日の神鹿(しんろく)を見ることを吉祥として喜んだとさまざまな記録に残されています。

現在も奈良の街中に暮らす野生の鹿は市民にとって特別な存在となっています。

ここで、『ジャータカ』にある鹿にまつわる説話の一つを紹介します。

鹿王ナンディヤ

その昔、古代インドの王国であるコーサラ国の都に、たいへん鹿狩りの好きな王さまがいて、村の人に畑仕事すら禁じ、辺り一帯をすべて鹿狩りに使っていました。そのせいで村人は作物一つ収穫できず困り果て、そこで何かいい方法はないか、と寄り集まっては相談をしていました。

「牧場の牛のように、鹿を一つの宮苑に集めてしまうのはどうだろう。そうしたら、王さまは好きな時、好きなだけ狩りができる」

早速、みんなはこの仕事に取りかかりました。

このころ、森にはナンディヤという優れた鹿の王がいました。頭が良く、堂々としていて、たいへん親孝行でした。

ある日、彼が父母と小さなやぶ陰に休んでいると、村人たちの鹿を追い立てる声が近づいてきました。のぞき見ると、手に矛や盾などの武器を持っています。

彼は父母が驚かないよう小さな声で言いました。

「もうすぐ村人たちがこのやぶに入ってきます。そうすれば、たちまち私たちは見つけられてしまいます。彼らが近づいてきたら、私がこのやぶの端から飛び出します。人々は私に気を取られて追いかけるでしょう。どうか気をつけてじっとしていてください」

そう言い終わると一声高く鳴いて、やぶから走り出ていきました。人々はみんな彼を追い、ほかの鹿といっしょに宮苑の中へ追い込んで門を閉ざしました。

それから、王は毎日宮苑で、鹿を一頭ずつ狩って遊びました。鹿たちは、ただ震えながら自分の順番を待つしかありませんでした。

宮苑の外では、ナンディヤの父母が、息子の身を案じながら落ち着かない毎日を過ごしていました。

「あの子は象ほどの怪力なのだから、何をしたって私たちの所へ帰ってこられるはずなのに」母の言葉に父もうなずきました。

そこで父母は、道で出会った都に向かう一人の男に、伝言をお願いしました。

「あの子に、自分の強い足で柵を飛び越え、早く私どもの所へ帰ってきてくれることを願っていると、伝えて下さい」

男は快く承諾し、都へ着くと、早速宮苑に出かけナンディヤを呼び止め、優しく伝えました。

ナンディヤはそれに対し、「私は飛び越えたければいつでも柵を飛び越えられます。けれどもそれでは、飲食をさせてくださっている王さまにご恩が返せません。それにここにいる大勢の鹿たちを見捨てて一人逃げて帰るわけにはいかないのです。王や仲間の鹿に、なすべきことをなしてから帰ります」と答えました。

男は到底その決心を変えられないのをさとり、帰っていきました。

そしていよいよナンディヤの順番がやってきました。

彼はほかの鹿のように死を恐れ悲しい声を上げて逃げ回ったりはせず、ゆったりと立ち、まるで何かを教え諭しているような威厳に満ちていました。王は、その偉大な風格に圧倒され、どうしても矢を放つことができません。

「王さま、いつも正しい道を歩み、気高い心を持つものの力がおわかりになりましたか」

彼はおごそかに言いました。王はその言葉に心を強く打たれ、そこへ弓矢を捨ててしまいました。

「鹿王よ、わたしを許しておくれ。命のない一本の矢だって、お前の徳の高さを知って弓から離れようとしなかった。それなのに、私は、お前の気高さを感じる力がなかったのだ。私は恥ずかしい。お前を殺すことなどできない」

王はナンディヤの命を助けました。また心を洗われた王は、宮苑の中でただ死を待っていた鹿たちもすべて助けると誓うだけでなく、この森に住むすべての獣、空の鳥、池の魚を安全に守ろうと決めました。

ナンディヤは、王がいつまでも正しく国を治めるようにと願い、父母に会いに宮苑を去っていきました。

自己に打ち勝つ

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。

このお話に登場する鹿の王ナンディヤはお釈迦さまの前世の姿です。

父母を助けるために自ら捕らわれたナンディヤは、徳の力で、王をいさめて全ての動物の命を救いました。

どんな境遇にあっても、自分にとって正しいことを行う勇気と、その妨げとなる欲望や自己の感情に打ち勝つことの大切さを表しています。

【コラム】仙人の住むところ 鹿野苑

サールナート遺跡公園 ©カスバ / PIXTA(ピクスタ)

「鹿野苑(ろくやおん)」は、お釈迦さまがさとりを開いた後、5人の修行者に対して最初に説法(初転法輪(しょてんぼうりん))をされた場所です。

古代、北インドのガンジス河中流域にあるヒンドゥー教の聖地ベナレス市(波羅奈国(はらなこく))にあった林園で、現在のサールナートにあります。一説には、鹿野苑は、別名「仙人堕所」すなわち、空中を飛んでいた仙人が住む所ともいわれ、鹿と仙人とが結びつけられています。古代インドで、ある国王が、狩猟をして多くの鹿を捕らえたけれども、改心してその鹿をこの苑に放ったという逸話が残っていて、鹿が多く住んでいたことから、この名前が付いたそうです。

ところで、なぜ、お釈迦さまは、さとりを開かれたブッダガヤから遠い鹿野苑を初転法輪の地に選ばれたのでしょうか。鹿には、互いに呼び合って仲良くご馳走を食べるという生態があり、お釈迦さまは、仙人や鹿たちが住む神聖な場所で、昔、ともに修行を始めた5人の友人たちに法悦というご馳走を分け与えようとして、ここ鹿野苑を選ばれたのかもしれません。

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