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浄土宗とは?

1. お念仏の宗派

「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)。」この言葉は、大抵の方が耳にされたことがあるはずです。そう、「お念仏」ですね。きっと「阿弥陀仏(阿弥陀如来)」、「西方極楽浄土」という言葉もご存じでしょう。浄土宗の教えは、この「お念仏」をとなえて「阿弥陀仏」の「極楽浄土」へ生まれゆくこと(往生=おうじょう)を願うという、きわめてシンプルなものです。

仏教ではさまざまな修行が説かれています。どれも、私たちの抱える苦しみや悩みから自由になること――「さとり」に至るためのものです。でも、どうでしょう。その修行は誰もができることと問われれば、いや、なかなかそれは難しい、というのが実際のところです。時間的、物理的な制約もあるでしょう。しかし何より、私たち誰もが持ち合わせている煩悩(ぼんのう)という厚い壁が妨げとなっているからにほかなりません。そこで「お念仏の教え」です。

西方極楽浄土の仏さまである阿弥陀仏は「私の国(極楽浄土)へ生まれ、あらゆる苦しみから離れたいと願うなら、私の名前を呼びなさい。そうすれば煩悩の有無などに関係なく、必ず極楽浄土へ迎え導きます」と誓われています。その誓い(本願=ほんがん)を素直に信じ、心からお念仏をとなえ、悩みや苦しみのない(だからなのです!)仏さまの浄(きよ)らかな国へ救い導いていただきましょう、というのが浄土宗の教えの根幹なのです。

このお念仏の教えを掲げ、法然上人(ほうねんしょうにん=1133-1212)が1175年に開いたのが浄土宗です。

「南無」とは、インドの言葉「ナマス」。仏教が中国に伝わった際、その発音を漢字で表記したもので、相手への最大の尊敬、絶対的な信頼を表現しています。つまり「阿弥陀さま、どうぞお導きください、お救いください!」という願い、頼る気持ち、心からの叫びが「南無阿弥陀仏」なのです。

浄土宗のお経とご本尊

極楽浄土や阿弥陀仏、お念仏のことは『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』『阿弥陀経(あみだきょう)』というお経に説かれており、浄土宗ではこれらをよりどころの経典としています。葬儀や各種法要で読み上げられるのは、主にこれらのお経(またはその一部)です。また、寺院やお仏壇のご本尊(ほんぞん)には阿弥陀仏を、脇侍(きょうじ)として向かって右に観音菩薩(かんのんぼさつ)を、左に勢至菩薩(せいしぼさつ)お祀りします(一部、由緒や歴史などから、他の仏さまや菩薩さまをご本尊としてお祀りしている寺院もあります)。

仏壇のまつり方

弥陀三尊両大師

2. 浄土宗を開いた法然上人

平安時代も末の1133年(長承2)、美作国(みまさかのくに=今の岡山県)に武士の子として生まれた法然上人(幼名勢至丸)は、13歳(一部の伝記では15歳)で比叡山(ひえいざん=今の京都府と滋賀県の境)に登り、天台宗の修行と勉学を始めました。わずか数年の後には、「学生(がくしょう)三千人」と言われた比叡山で「智慧第一(ちえだいいち)」と謳(うた)われるまでになります。現代風に言えばエリート中のエリートだったということでしょうか。

ところが、上人自身にはそうした意識はまったくなかったといいます。それどころか「ろくに戒律(かいりつ=僧として守るべきさまざまな定め)も守れない、一つの修行も満足に成し遂げられない、なんと愚かな自分であることか」と、厳しく自己を見つめることに終始します

その自己省察(せいさつ)が、「仏の慈悲は、本当に困っている人たちにこそ注がれなくて何の意味があろうか。煩悩に満ちた罪深い者(凡夫=ぼんぶ)こそが救われなければならない。そのための、誰にでもできる方法(修行、教え)が必ずあるはずだ」との思いに至らしめ、上人をさらなる求道(ぐどう)へと駆り立てます。法然上人にとって凡夫とは、ほかでもない、自分自身だったのです。

父の遺言と求道

実は上人は9歳のとき、地元の荘園管理者との争いにより父親を亡くしています。その時、父親からこんな遺言をうけました。
「あだ討ちはさらなる恨みを生むだけだ。勇気を出してその連鎖を断ち切れ。そして仏の道に進み、万民が救われる教えを求めよ」
これが、妥協を許さない求道精神として根底に流れ続けていたのでしょう。

しかし、なかなか「これだ!」という教えには出会えません。一時、24歳で比叡山を下り、南都(奈良)の諸寺・高僧を訪ね歩いて教えを乞うたりもしました。が、それでも願いは果たせず、再び比叡山に戻って膨大な経典や文献をひもとくこと、五度に及んだといいます。

お念仏への確信

そしてついに、そのときは訪れます。
中国・唐時代の高僧善導大師(ぜんどうだいし=613-681)の著書により、お念仏こそ、すべての人々が救われる教えであることに間違いはない、との確信を得たのです。気づいてみれば43歳、最初に比叡山に登ってから30年の星霜が流れていました。

こうして1175年(承安5)春、浄土宗は開かれました。

3. 幸せな人生を

人はいかにすればよりよく、幸せに人生を歩めるか――。これは仏教の大きなテーマの一つ。もちろん、私たち一人ひとりのテーマでもあります。その答えを見つけるための方法として仏教は、「必ず訪れる自分自身の〈死〉に思いを致すこと」を説いてきました。

人生を自分の力で精一杯生き抜こうとするのはとても大切ですし、輝かしいことです。しかし〈生〉と常に隣り合わせにある〈死〉は、自分の力ではどうすることもできません。でももし、最大の難題である自分自身の、あるいは愛しい人の死後が、極楽浄土で安らかに送れると約束されていたならどうでしょう。大きな安心が得られはしないでしょうか。その安心こそは、荒波逆巻くこの世を漕(こ)いで行くための大きな力ともなるはずです。

「阿弥陀」とは、「無量の光」「無限のいのち」を意味します。「往生」は単に「死」を意味するのではありません。阿弥陀さまの「無量の光」に包まれ、「無限のいのち」に抱かれていくことです。しかも極楽浄土に往生すれば、先立った有縁(うえん)の方々と再会することができる、ともお経には説かれています。

〈死〉は「終わり」ではありません。「新たないのちのはじまり」です。 「〈死〉に思いを致す」とは、〈死〉をマイナスとして捉えることではありません。与えられた「私のいのち」の尊さをあらためて感じ、もがき苦しむ自己を阿弥陀さまにお預けし、おまかせして、今日を生きることです。

菩提寺で、あるいはご自宅のお仏壇の前で、阿弥陀さまに心静かに手を合わせましょう。そして、やがて「無限の光といのち」に包まれ、浄土へ救い導かれて行くことを願い、さらには、先立った愛しい方々やご先祖さまの浄土での安寧(あんねい)と、いつの日かの再会を期して、お念仏をとなえしましょう。この世を生きていくための心の支えを、阿弥陀さまは必ずプレゼントしてくださいます。

愚(ぐ)にかえろう(凡夫の自覚)

人間は弱い存在です。何かにつけ自分を強く見せようとしたがるのが、その証と言えるでしょう。でもその強さは、しょせんは上辺だけのもの。たとえどんな強靭な肉体と精神力、明晰な頭脳を持った人であっても、欲望や感情までを完全にコントロールすることは不可能です。

「思い通りにしたい、けど、思い通りにならない」。悩みや苦しみが生じる原因はここにあります。そうした現実のありさまを直視し、自身の言動を振り返る――これはとても勇気のいることです。しかしあえてそれをしてみれば、己の未熟さ、至らなさにまざまざと気づかされるはずです。

見せかけの強さなど詮ないこと。もはや、自分以外の大きな力を頼るしかない、ゆだねるしかない…。

ありのままの私たちを、大きな慈悲で包みとってくださる阿弥陀さまに掌を合わましょう。真の謙虚さや感謝の念、他者に対する思いやりといったものが芽生えてきます。愚にかえろう(凡夫の自覚)――お念仏の教えの出発点がここにあります。

浄土宗では皆さまに伝えたい想いを込めたポスターを毎年発行しております。

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ナムと法然上人

4. 浄土宗からのメッセージ

浄土宗21世紀劈頭宣言

愚者の自覚を
家庭にみ仏の光を
社会に慈しみを
世界に共生を

21世紀初頭(2001年元旦)に、今世紀が平和で明るく、希望に満ちた世紀になることを願い、法然上人のみ心をうけて発信したスローガンです。

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世界平和念仏の日

法然上人のご命日(1月25日)にちなみ、毎月25日を「世界平和念仏の日」と定めています。世界の平和と人類の幸せ、共生(ともいき)の願いを込めて正午にお念仏をとなえましょう。

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