HELP!

ジャー~ン   ジャー~ン   ジャー~ン   チャラララ チャラララ チャラララ チャラララ~♪

先日、随分と久しぶりに家族で繁華街に出かけました。ぶらぶらと歩いていると、どこからともなく音楽が流れてきました。その音のする方向に足を進めたところ、ファッションビル入口近くのフリースペースでビートルズのコピーバンドがライブを行っていました。曲は「HELP!」。ソーシャルディスタンスで設けられた座席は満席でした。数カ月前では考えられない光景で、活気づく街並みに心が躍りました。

思えば、自粛生活をもう何か月送っていたことか(現在進行形でもありますが)。ステイホームを強いられた際には、孤独が身にしみた人も多いのではないでしょうか。これまでのあたりまえはあたりまえでなくなり、これからの仕事や生活を考え、今何をなすべきか、何ができるのかなど、あれこれと考える時間ばかりが過ぎていたように思います。
そのような状況下でつくづく感じたことがあります。それは、「人は独(ひと)り」だということです。
東日本大震災以降、人と人のつながりを表現する言葉として「絆(きずな)」という言葉が広く使われるようになりました。それと同時に、「人は一人では生きてはいけない」「みんな仲よく」「共に生きる」などのメッセージが世の中に溢れました。
私たちは日々、地縁、血縁など様々で複雑なつながりの中で生活をしています。人が社会生活を送るうえでつながりを重視するのは至極当然です。
しかし、私たちはつながりを求める相手とお互いに心底わかり合うことなんて、果たしてできるのでしょうか。

お釈迦さまは、つながりを求める人間も結局は「独り」だおっしゃっています。人は独りで生まれ、独りで死んでいく。たとえ多くの人とつながり、助け合い社会生活を送っていても自分自身(自己)は独りであり、代わってくれる者など誰もいない、と。

我が家では、川の字で家族全員一緒に寝ています。就寝時、妻や子どもたちが並んで寝ている姿を見ると家族の絆を確認することができます。ただ一方で、暗い部屋で一人瞳を閉じたときに、ぼんやりとした不安に駆られ「独り」ということを強く感じてしまいます。
そんな時私は、ほとけさまに声をかけるようにしています。すると不思議と安心することができます。本当にありがたいものです。また、矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、私は独りなのだという自覚とともに、人は皆独りなのだという思いの中、ほとけさまに縋ることで慈しみの心が生まれ、他者とのつながりを強く感じられるようになります。

疫病の前で、人はみな平等だという、そんな単純な事実を突きつけられ、人は独りであり、とても弱い存在だということを改めて思い知らされました。だからといって強がる必要もないと思います。少し勇気のいることかもしれませんが、家族、友人、同僚、あるいはほとけさまに、素直に「助けて」という言葉を口にすることが大切なのだと思います。助けを求めることは、弱者であるからこその強みです。「助けて」と言える相手がいるのはありがたいことです。その声はその誰かがきっと聞いてくれるはずです。

ライブで演奏されていた曲が頭から離れません。久しぶりにギターを取り出しました。弦は錆びていますが、そんなことは気にせずチューニング。弦を張りすぎるでもなく、緩めすぎるでもなく。カラオケに行くことを憚(はばか)られる今日この頃。ひとり大声で歌ってみました。歌詞に込められたメッセージをあらためてかみしめながら。

 誰か助けて! 誰でもいいってわけじゃないけど、誰かの助けが必要なんだ――

「助けて」を共有できる社会であってほしいと切に願うとともに、私もその一員でありたいと思います。

(2020年11月2日 澤邉紘行 / 石川・極楽寺 )