見えないけど、大切なもの

夏の終わりのことでした。仕事がなくなり、住む場所を失い、食べる物もなくて困り果てた在日外国籍の男性が、「僕を捕まえてください」と言って警察署に駆け込んできたという話を聞きました。もちろん、警察は、罪を犯していない彼を捕まえることはできませんので、同じ地域で外国籍の困窮者や帰国困難者を支援しているベトナム人の尼僧さんに、彼の保護を求めました。

新型コロナウィルスの感染拡大の影響は深刻で、在日外国籍の方々においては、仕事を失って困窮し、故郷にも帰ることができない状態になっている人もいます。三密を避けなくてはいけないと考えていても、住む場所を失い、友人宅や保護施設などに集団で生活せざるを得ない場合もあります。本当につらいことです。

さらに、そのようななかで、困窮した外国籍の方が、家畜を盗み、解体して販売していた事件が発覚したことで、周囲の日本人から厳しいまなざしが向けられるようになりました。確かに、窃盗は許されることではありません。しかし、彼らが罪を犯すまでに追いつめられていた状況についても、よく心を寄せて考える必要があるのではないでしょうか。

事件後、冒頭の尼僧のもとに、日本人から多くの厳しいコメントが寄せられました。彼女と一緒に、困窮する外国籍の人たちを保護する活動を応援していたわたしのもとにも、そんなコメントが届きました。「問題を起こす前に、早く帰国させるべきだ!」「日本人が困っているときに、どうして日本人の税金を使って、自分の都合で外国から稼ぎに来た人を助けなきゃいけないんだ!」など、外国籍の人は、罪を犯す、または税金を払っていないといった思いこみで発せられる言葉は、まるで刃のように鋭く刺さるもので、日本人であるわたしも、本当に悲しくなりました。

少子高齢化が進んだ日本では、労働人口が減少し、いまや農業や漁業、建築、工場での作業やコンビニエンスストアの深夜の仕事など、多くの労働現場は外国籍の方々の助けがなければ運営が厳しい状況にあります。わたしたちは、スーパーなどに並んだ食品を買うときに、生産国の表示を確認します。しかし、生産者に、実は日本に住む多くの外国籍の人たちが含まれていることを考えることはありません。食品だけではないでしょう。普段利用している交通機関や道路、水道など、さまざまなところで、彼らの労働の恩恵をいただいているのです。

そのように、わたしたちは見えないところで彼らと密接につながっていながら、それをよく見ようともせずに、叩いたり、蹴ったり、ののしったりしているのでしょう。まるでそれは、美しい紅葉を見せる樹木や可憐な花を咲かせる草花を愛でる気持ちがありながら、目に見えぬ泥にまみれた根はいらないと、根を切ってしまうようなものです。

わたしたちが享受している豊かな生活は、まさに花や枝葉であり、なかなか足元に目をやる余裕はないかもしれません。しかし、その生活を支える養分を送ってくれる存在があることを、時には思い出すことが大切でしょう。そして、その存在が、日頃の生活の中で顔を合わせている誰かかもしれないと思って、その日に出会う誰に対しても、慈愛を施すことが肝要なことだと思うのです。出会った一人ひとりの人に慈愛を施すことは、きっと自分の生きる土台や根っこを大切にすることになるはずです。

目の前で困っている人や苦しんでいる人がいた時、みなさんはどのような行動をとるのでしょうか。彼らを手助けするのに理由を探しますか。それとも、まずは声をかけに行くでしょうか。国籍や性別、年齢など、目に見える札がついているわけでもないのに、それに振り回されることは苦しいことです。同じ世界の中に生まれた者同士、親子や兄弟のようにお互いを慈しみ合うことができたならば、きっと今いまよりもやさしい気持ちで共に生きていけると思うのです。もちろん、実際にはなかなか難しいことで、すぐに実現できることではないでしょうが、そんな願いをもって生きていくことが、本当の豊かさを育んでくれるのではないでしょうか。

(2020年11月9日 吉水岳彦 / 東京・光照院)