雪の色を奪いて咲ける 梅の花
今盛りなり 見む人もがも

(雪の白さを奪って咲いている梅の花は今が盛りだ。見てくれる人がいるといいな。)

雪が降り積もるなか、白い梅の花が、雪のすべての色を「奪い取って咲いている」という表現には、いのちが爆(は)ぜるような力強さを感じます。

この歌は大伴旅人という奈良時代の歌人が詠んだもので、7世紀から8世紀にかけて編纂された日本最古の歌集である『万葉集』に収められています。『万葉集』には約4,500首の歌が収められていますが、そのうち119首が梅に関する歌だそうで、平安時代中期に桜が人気となる以前は、最も愛されていた花でした。そして、私が最も好きな花でもあります。

自坊の玄関脇には、白い花を咲かせる一本の枝垂れ梅があります。樹齢は50年くらいでしょうか、毎年2月中旬には蕾(つぼみ)を膨らませ、彼岸の入りの頃まで目を楽しませてくれます。私の住む埼玉県中部では年に2,3回雪が降る程度なのですが、ちょうど梅の花が咲き始める頃に降るのが恒例です。雪が降った次の朝、うっすらと化粧をした真っ白い梅の花が咲いているのを見つけると、例年のことではありますが、私は得も云えぬ感動を覚えます。凍てつくような雪に覆われ押しつぶされそうになりながらも、寒さに抗(あらが)うように花びらを膨らませようとするその逞(たくま)しさ、いのちの強さに心打たれるのだと思います。

この梅の花の力強さは、私に大切なことを気付かせてくれます。梅の花が咲くことができるのは、木全体のいのちが集約しているから。そして木自体が生きることができるのは、木を育む土壌、土壌を作るバクテリア、気温、風など、木を生かす無数の存在(条件、要素)があるから。つまり、目の前にある梅の花は、無数の存在のいのちに支えられ生かされているからこそ、雪の寒さに抗って私たちの眼前に現れるのです。

これは、まさに私たち一人ひとりの存在を表しているように思います。私たちは、一人ひとりが「いのちの花」を咲かせています。日々のなかで楽しいこともあれば、時には耐え難いようなつらい時もあります。しかし、私たちのいのちの花は、梅の花と同じように、周りの様々な有縁・無縁の存在に生かされて咲いている、だからこそ咲き輝くのです。

このことを毎年、梅の花が教えてくれる気がするのです。

(2021年1月25日 名和清隆 / 埼玉・淨念寺)