2021年11月:弥陀の心に染まる
肌に吹きつける風がだんだん冷たくなってまいりました。この時期になると、暑かった夏の日々が少し懐かしく感じられます。コロナ禍でなければ紅葉などを楽しみに、行楽地へお出かけだった方も多くいらっしゃることでしょう。寒さが増すにつれ山の木々も鮮やかにその姿を変え、私たちの目を楽しませてくれます。
法然上人はこのような秋の深まりのようにお念仏をおとなえすることで、 阿弥陀さまへ信仰の心が深まってゆくさまを「阿弥陀仏に 染まる心の 色に出でば 秋の梢(こずえ)の 頬(たぐい)ならまし」 (『勅伝』 第三十巻)というお歌に託して詠まれたと伝わります。
今年はコロナ感染症の影響で一年延期されていた東京オリンピック・パラリンピックが開催され、日本人選手も多くのメダルを獲得しました。そのような輝かしい選手たちの活躍の裏で、大会が延期されたことによりモチベーションを維持できず、引退を余儀なくされた選手も多くいたことをテレビや新聞の報道で知りました。一流のアスリートであっても目標に向かって気持ちを保ちながら日々練習し、自身を高めてゆくことは難しいものなのです。
法然上人は「一枚起請文(いちまいきしょうもん)」の中で、「ただ一向に念仏すべし」と、ひたすら念仏をおとなえすることの大切さをお示しくださっていますが、普段生活する中で継続して物事を行うことは大変難しいものでありましょう。ついつい「面倒くさいな」とか、「また今度にしよう」などと後回しにしてしまいがちです。これはお念仏だけに限ったことではなく、私たちが常日ごろから心の内に抱いている感情の一つと言ってもいいでしょう。気の向かないことを行うことは誰しもつらいものです。
このような時、私は次の言葉が頭に浮かびます。
「つらくとも続けていれば癖になる。癖になれば好きになる」
これは第73代横綱・照ノ富士の言葉です。初めのうちはお念仏をおとなえすることに気が向かないこともあるでしょう。しかし毎日少しずつでも続けてゆくことで習慣になり、次第に心が阿弥陀さまに向かってゆくのではないでしょうか。色濃く染まる木々のように、私たちの心の内も、お念仏によって染めてゆきたいものです。
(三重県伊賀市 西光寺 服部純啓)